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前ページゼロみたいな虚無みたいな 「ついに来たのね……」 教室に集合したルイズ達は、憂鬱そうな表情でそうざわめいていた。 「わかっていたけどこんなに早く来るなんて、あの日が……」 「お姉様……、嫌なのね……」 「シルフィード……」 「今が辛くても終わりは来るよ」 ルイズは覚悟の表情を浮かべ、シルフィードは瞳を潤ませ、タバサはそんなシルフィードを勇気づけようと声をかけ、あぽろはそんな一同を慰めるように言った。 「そんな訳でっ、期末試験週間ですっ。みんなっ、頑張ろーね♪」 『おー……』 気合たっぷりでそう檄を飛ばしたあぽろに、他の面子は体がとろけるのではというほど弱々しい声で返した。 「何でみんな元気無いの? テスト中って授業短くなって楽なのに」 「それはそうだけど……」 一同が憂鬱な表情をしている理由がわからないという顔のあぽろに、キュルケは涙を流しつつ答えた。 「テストっていえば、学校でのあたし達の評価が出るって事でしょ? それって緊張しない?」 「ふにゅー」 「アポロは今日から勉強するの?」 「んにゃー、しないー。勉強嫌い……」 「えっ、余裕? それとも覚悟決めちゃった?」 「んむー」 自分の机に顎を乗せたあぽろの頭を撫でたりツインテールを持ち上げたりしつつ、あぽろとそんな会話を交わしていたキュルケだったが、 「こいつ馬鹿だけど頭はいいのよ。むかつくったら」 ルイズがそう言いつつあぽろの首を抱える形で机から引き離した。 「あうー♪ ルイズちゃん褒めすぎ~ん」 「褒めてないから……」 自分の胸に顔を埋めてそんな声を上げたあぽろに、ルイズは呆れた視線を向ける。 「えー、意外だね、それ」 「でしょ」 「あ、じゃあさ、しばらくアポロ先生に勉強教えてもらうってのは?」 こうして、テスト前の勉強会開催が決定した。 「……という風に計算してー」 「なるほど」 「へー、あたしトリステイン史って苦手だったんだけど、克服できそう」 「あ、アポロちゃん、ここはいつの事件に繋がるの?」 「どこどこー?」 あぽろ指導の元勉強会が順調に進んでいくのを見てルイズが、 (何か、こういうのって尊敬しちゃうわ。みんなもアポロの事尊敬してきちゃってるし。嬉し--) と嬉しそうな視線を送っていたところにキュルケが、 「ルイズ……、あれいいの?」 「ん?」 赤面しつつそう声をかけてきた。 キュルケの視線の先では……、 「……この透け透けは……」 「あ、それはルイズちゃんのお姉ちゃんがくれたんだって」 タバサ・あぽろが引き出しを開けてルイズの下着を手に取っていた。 「ななななにしてるのよーっ!!」 「あのねー、ルイズちゃんの下着の説明だよー」 慌てて2人に駆け寄り、2人の手から下着を奪ってかき集めるルイズ。 「もう、やめてよ、人のパンツ広げて見るの~!」 「別に臭い嗅ぐ訳でなし、許してよ」 するとタバサが小ぶりな下着を手にあぽろに問いかける。 「……この小さなパンツにルイズの大きなお尻は入りきるの……」 「少しはみ出る」 「あほーっ!!」 あまりにあけすけな2人の態度に、ルイズは思わずキュルケの膝に顔を埋めて泣き声を上げる。 「あーんあーん、ツェルプシュト~」 「よしよし」 ルイズの頭を撫でつつあやしていたキュルケだったが内心では、 (でもあたしも、ルイズの下着は派手すぎると昔から思ってるわよ……) と考えていた。 一方この騒ぎから1人取り残されていたシルフィードはというと……、 「猫なのねー」 窓の傍にある木の枝にいる猫に手を振っていた。 「あっ、もうこんな時間!」 その後大きく脱線する事も無く勉強会は進み、気付いた時にはすっかり夜が更けていた。 「じゃあそろそろお開きに……」 とルイズが言いかけた時、キュルケ・タバサ・シルフィードは宿泊用具一式を取り出して彼女に見せた。 「……泊まってくの?」 「……そう……」 平然とした表情でタバサはそう答えた。 「っても、みんなこの寮に住んでるんだから、帰ればいいのに……」 しばらく後、寮の大浴場にルイズ達の姿があった。 「たまにはいいじゃん、こういうのも」 「んー」 そう答えつつ並んで背中を流し合っているタバサ・シルフィード・あぽろを湯船に浸かって眺めていたルイズだったが、 「っていうか、テスト前にこんなゆっくりしてて大丈夫なのーっ!?」 「あははっ、だね」 思わず声を上げたルイズにキュルケも笑みを浮かべた。 「でも去年よりずーっと楽しいね」 「うん……」 と呟きつつ、ルイズはシャボン玉で遊ぶあぽろ・シルフィードに視線を向ける。 「(アポロがいると楽しいと思う日が増えたわね。もうちょっと素直になろうかな)……もう今日は夜更かししちゃおうかしら」 「おっ、いいですな」 大浴場からルイズ達の部屋に戻ってきた頃には、あぽろはほとんど睡魔の誘惑に負けかけていた。 どうにかこうにか寝間着を身に着けたものの、上着部分はボタンガ2つはまっておらずズボンも膝付近までしか上がっていない。 「ほらっ、ちゃんとパジャマ着て」 そんなあぽろの上着のボタンをはめているルイズの元に、 「……お菓子持ってきた……」 [わーいっ] と菓子入りの鉢を持ってタバサが戻ってきた。 「どうするの? アポロは寝るの?」 「んにゅー、うー」 ルイズの問いかけにもまともな返答をせず、彼女の胸に顔をうずめるあぽろ。 「寝ちゃうね、これは」 「うん」 「じゃ、ランプだけ点けてお話しするのねー」 「……だね……」 そう言ってシルフィードが部屋の照明を消し、一同はランプを囲むように集まる。 「アポロには秘密なんだけどさ……」 「……何何……」 その夜、ルイズの部屋では深夜まで談笑が絶えなかった。 翌朝。 「寝坊したーっ! 急げ急げ!」 寮から教室まで全力疾走するルイズ・あぽろ。 と、何かに躓いたのか体力の限界が来たのか、あぽろはルイズの後方で転倒した。 「はう~」 「アポローっ!」 「あ、あたしはもうらめ……。構わず先に行ってえ……」 息も絶え絶えという様子でそう告げるあぽろにルイズは、 「わかったわっ、じゃあね!」 そう言うとあぽろを残し駆け出していってしまった。 1人残されたあぽろが目に涙を浮かべつつ起き上がろうとした時、戻ってきたルイズがそっと手を差し伸べた。 「ルイズちゃん……」 「早く立ちなさいよ、のろま」 「うん」 「世話焼かせすぎよっ」 そう言いつつも、ルイズはあぽろを背負い校舎への道を急ぐのだった。 そして数日後……。 (あー、やっぱり遅刻したから全部できなかったものね……) お世辞にもいいとは言えない点数の答案用紙を見てそんな事を考えていたルイズの元に、 「見て見て、98点♪」 と満面の笑みで自分の答案を見せに来たあぽろの姿に、思わずルイズの頭部から鮮血が噴出した。 前ページゼロみたいな虚無みたいな
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前ページ次ページ異世界BASARA 幸村とルイズは長い廊下を、2人並んで歩いていた。 「良き主君にござるな、ジェームズ殿は」 廊下を歩きながら、幸村はルイズに話し掛ける。 「配下の将を見ていれば分かる。あのように慕われるのは幸せでござろう」 「……でも、明日には戦って死んじゃうのよ?」 ルイズが震える声で口を開いた。 「嫌だわ……何であの人達死のうとするの?姫様が逃げろって言っているのに……」 次第にルイズの目から涙が流れる。遂には立ち止まり、その場で泣き出してしまった。 幸村はそれを黙って見ている。 「私、もう一度説得してみる。国より、愛する人の方が大事じゃない」 「それはなりませぬ」 と、黙していた幸村が首を横に振りながら言った。 「どうして!?ウェールズ様だって本当は……!」 「アンリエッタ殿を想うからこそにござる」 幸村は真剣な表情でルイズを見つめ、さらに続けた。 「ルイズ殿。皆、勇敢に戦い果てる事を決心しておられる。その思い、察して下され」 だがルイズは頷かなかった。 ルイズは武士ではない、ましてや戦に出た事もない少女である。 彼女にはどうしても理解出来なかった。だから、ルイズは幸村にこう言った。 「……ユキムラ、あんたは死ぬのが怖くないの?」 「この幸村、武士となったその日から死する事は覚悟しておりまする」 「じゃあ、私が戦って死ねって言ったらあんたは死ぬの?」 「それがルイズ殿の望みであれば」 その瞬間、幸村の頬に平手が飛んできた。 一瞬、幸村は何が起こったのか分からず、呆けた顔でルイズを見ていた。 「ルイズ殿?何を……」 数秒後、自分の頬を押さえていた幸村がやっと口を開いてルイズに尋ねた。 「やっぱりあんた馬鹿だわ、この国の人と同じ、自分の事しか考えてないのね!」 「そのような事は!拙者はルイズ殿の為ならば命懸けで……!」 「それで死んで満足?残された人の気持ちはどうなるのよ!!」 ルイズはその目に涙を溜めたまま、幸村を睨んだ。 今まで何百、何千という敵と刃を交えてきた幸村であっても、ルイズの涙と、その小さな体から発せられる気迫にたじろぐ。 しばらく幸村を睨んでいたルイズだったが、少し落ち着いたのか、腕で涙を拭ってもう一度幸村を見て言った。 「あんたは使い魔だから、私を守るのは当然よ。でもね、それで死ぬなんて絶対ダメ。分かった?」 「……は、ははっ!!」 幸村は我に返り、ルイズに深く頭を下げた。 「あ、そうだ」 と、ルイズは何かを思い出したのか、はっとした顔になる。 「あ、あのねユキムラ……ラ・ロシェールで言い忘れていた事だけど……」 「はっ!何でござろうか?」 ルイズは困ったような表情になり、ポリポリと頬を掻いた。 「ワ、ワルドがね、私と結婚しないかって」 「おお!そうでござるか!結婚…………結婚んんんーーーっっ!?!?」 予想だにしなかった告白に、幸村は素っ頓狂な声を上げた。 「け、け、けけけけけけけ結婚とは!ななな何故いきなり!?」 今にも飛び出しそうな程に目を見開き、ルイズに尋ねた。 「そんなに驚かないで、婚約者なんだからいつか結婚するのは当たり前じゃない」 そんな幸村とは違い、ルイズは落ち着いた様子で腰に手を当てている。 「でも安心しなさい。結婚はしないから。」 「そ、そうでござるか……」 それを聞いてほっとしたのか、幸村は大きな溜息をついた。 「私、これからワルドにこの事を謝ってくるわ」 「ルイズ殿、拙者も御供いたしますぞ」 しかし、ルイズは突然慌てた様子になってそれを止める。 「い、いいわ!ユキムラは先に戻ってて!こ、こういうのは当人同士で話し合った方がいいのよ!」 「し、しかし……」 「いいから!戻ってなさい!!」 戸惑っている幸村を戻らせ、ルイズはワルドの部屋に向かっていた。 相手は憧れていたワルド子爵だ。幼い頃、結婚するのを夢見ていた…… それなのに、今は結婚する事を考えると気持ちが沈んでしまうのである。 滅び行くこの国を見たからか、それとも死に向かうウェールズを目の当たりにしたからか…… しかし、そのどれも今の心境の原因ではないように思えた。 不意に、ルイズは幸村にワルドと結婚する事を話した時の事を思い出す。 幸村にまだ結婚はしないと話した時の、あのほっとした顔を見た時…… 何故か自分も安心したのである。 まさか、自分はワルドとの結婚を否定して欲しかったのだろうか? そんな考えが頭をよぎった頃、ルイズはワルドのいる部屋の前まで来ていた。 ルイズがワルドの部屋に着いた頃、幸村は言われた通りに自分の部屋に戻っていた。 「ひでぇ慌てっぷりだったな相棒」 すると、今まで黙っていたデルフリンガーが口を開いた。 「あそこはあれだぜ、俺の傍にいてくれ!とか、そういった事を言わねぇと」 「何を申すか、拙者はルイズ殿の傍にいるよう心掛けているが?」 そういう意味じゃねぇよ……と、デルフリンガーは小さい声で呟いた。 デルフ自身も薄々感づいてはいたが、この幸村という男、戦いにおいては中々のものだが、女性の事となるとまったくの二流……いや、三流であった。 さらに片や自分の気持ちに素直になれないルイズである。 (こりゃ嬢ちゃんが猛烈にアタックしない限りは無理だな……) 「結婚は出来ない?」 一方、こちらはワルドの部屋。 突然訪れてきた婚約者の言葉に、ワルドは思わず聞き返した。 「ごめんなさい。ワルド、あなたには憧れていたわ。もしかしたら恋だったのかもしれない……」 ルイズは俯きながら話していたが、深く深呼吸すると顔を上げ、決心したように言った。 「でも、今は違うの。私……」 話そうとしたところで、ワルドがルイズの手を取った。 「……緊張しているだけさ。そうたろうルイズ?」 しかし、ルイズは首を振る。 その瞬間、ワルドの目が吊り上り、ルイズの肩を強く掴んできた。 「世界、世界だルイズ!僕は世界を手に入れる!その為に君の力が必要なんだ!」 豹変したワルドに、ルイズは震え上がった。 「……む?」 その頃、幸村の体にある異変が起こっていた。 「どうしたね相棒?」 「今……ワルド殿の姿が見えたような……」 幸村はそう言って、しきりに目をこする。 武器を握っていないのにも関わらず、左手のルーンが光っていた。 「ルイズ!僕には君が必要なんだ!君の才能が、力が!」 ワルドはルイズの肩を掴んだまま、激しい口調で詰め寄る。 その剣幕に、ルイズは顔を歪めた。 「嫌よ。そんな結婚死んでも嫌……!あなた、私の事愛してないじゃない!」 ルイズはそう言い放つと、ワルドの手を振り解く。 「……こうまで言ってもダメなのかい?」 「嫌よ。誰があなたなんかと結婚するもんですか!」 その言葉を聞いたワルドは、唇の端を吊り上げ、禍々しい笑みを浮かべた。 「そうか……分かった、分かったよルイズ。手に入らないのならば、壊すとしよう……」 ワルドはそう言うと杖を手に取り、呪文を唱え始める。 そして、杖を振るうと、杖の先から光の玉が飛び出す。 光は窓を突き破って上昇すると、空中で大きな音と光と共に爆ぜた。 「子爵……今のは?」 ルイズは恐る恐るワルドに尋ねる。 対してワルドはいつもルイズに見せるような笑顔を浮かべて言った。 「合図だよ。ニューカッスル城を総攻撃せよという合図さ」 その言葉の後、城が轟音と共に大きく揺れ動いた。 「……どうやら、彼は言いくるめるのに失敗したようだな……」 レキシントン号の甲板上で、松永久秀は砲撃を受けるニューカッスルの城を見ながら呟いた。 不意に松永は指を鳴らす。 すると、彼の背後に長身のメイジが現れた。だがそのメイジから発せられる雰囲気は貴族というよりも傭兵のそれである。 「御出陣ですかマツナガ様」 「欲しい物は自分で手に入れるから良い。セレスタン、卿は女子供を捕らえてくれ」 「何に使うんです?」 「余興だよ。いずれトリステインの姫君に見せる余興に使うのだ」 松永はその顔に嫌な笑みを作り、笑った。 だが、セレスタンと呼ばれたメイジは困ったように松永に尋ねる。 「俺はやりますけど……“あの2人”はどうするんで?」 それを聞いた松永は、歯を剥き出しにし、さらに邪悪な笑みを浮かべて言った。 「欲望のまま血を啜らせればよい。肉を喰らわせればよい。それが彼等の真理……」 前ページ次ページ異世界BASARA
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前ページ次ページ虚無に響く山彦 彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが初めて"彼"と出会ったのは、春の使い魔召喚の儀式の場である。 度重なる失敗の末ついに成功した『サモン・サーヴァント』によって、彼はルイズの使い魔として召喚されたのだ。 土がえぐれ砂煙が立ち昇る大地に横たわる青年を見るに及んで、 魔法成功の歓喜に浸る間もなくルイズはしばし呆然とし、そして落胆に沈んだ。 己の呼び出したものはドラゴンやグリフォンなどの幻獣でもなく、ワシやネコなどの獣ですらない、人間それも姿からして平民である。 雑用係としてなら役にも立つであろうが、使い魔としての用をなすであろうか。 いや、魔法も学もない平民がやり遂げられるはずがないだろう。 心中に沸き上がる困惑と周囲から叩き付けられる野次に身を震わせつつルイズが近寄ると、彼は目を覚ました。 半身を起こした使い魔の青年は、若々しい薔薇色の頬に貴族の公子のような平民とは思えぬ優雅さを漂わせていた。 ただ眼ばかり寒夜の星を思わせる冷たさがあり、その視線にルイズは息を呑んだ。 しかしそこは生まれついての一流貴族であるルイズ、気圧されることなく『契約』を交わした。 次の瞬間、左手に焼け付くような激痛を感じてルイズは苦悶の叫びを上げた。傍らを見やれば使い魔の青年も同じく左手を押さえている。 これこそ彼が持つ、極限までの練磨と不乱の一念が極まるところに生じる破天の業の一端であるのだが、 当時のルイズは感覚の共有であろうとあたりをつけ、熟慮することは無かった。 前例なき平民の使い魔の出現や、謎のルーンと召喚者にも及ぶ痛みなどの異様を呈したが なんとか使い魔召喚の儀式は幕を閉じ、ルイズ自身も落第の憂き目を免れた。 彼は使い魔として──まあ、内容は雑用が主だが──よく働いた。 召喚の儀式の帰途にエド、ナガサキ、キリシタンなどの意味不明の言葉を彼が投げかけて来た時は困惑したが、 魔法学院のことやハルケギニアのことをルイズが話すうちに黙りこんでしまった。 そしてルイズが彼をここに呼び出したことや使い魔のことを告げると、 しばしの思案の後に彼女を主人として仰ぐことを彼は誓い、そして彼は自身の名をルイズに告げたのだ。 「わたしの名は天草扇千代と申しまする」 それからはルイズの身の回りの世話も、失敗魔法の後始末も、床で寝ることもセンチヨは諾々と従った。 「平民の使い魔も悪くないじゃない」 ルイズは彼という存在にそれなりに満足していた。 召喚した日は動揺のあまり気付かなかったが、彼の凛冽とした美貌もルイズの優越感を後押しした。 ルイズにとって悠々とした日々が続く中、その事件は起きた。 センチヨがギーシュと決闘をすることになったのだ。 理由はギーシュが落とした香水の壜を彼が拾って渡したところ、 そこからギーシュの二股がばれたとかいうお粗末なことおびただしいものだった。 ルイズが騒ぎを聞きつけた頃には、既にセンチヨとギーシュはヴェストリの広場で対峙していた。 ルイズは止めようとした。彼と過ごした時間は両手指の内に足りる日数であったが、 彼の存在は学院に心許せる者が殆どいないルイズにとってかけがえのない存在になっていたのだ。 哄笑を上げつつギーシュが杖を振るってワルキューレを造り出し、センチヨに向けて突貫させようとした。 センチヨはというと、遊山に興じるかのようにそれを眺めるだけ。 次の刹那、ギーシュのニヤけた表情がひきつれ薔薇の造花を取り落とした。 決闘の場だというのにいきなり腕を押さえて屈んだのだ。無論両者の間にいかなる物体の交流もない。 同時にセンチヨは怪鳥のように跳躍して一息に間合いを詰め、佩いていた細見の曲刀をギーシュの首筋に突きつけていた。 「ま、参った」 静まり返った広場にギーシュの降参の声だけが、細く長く降り落ちた。 センチヨは尋常ならざる能力を持っている。ルイズはそれを初めて目の当たりにしたのだ。 ルイズは彼を問い詰めた。それは如何な力なのか、何故秘密にしていたのかを。 だがその時の彼は黙して語らなかった。ルイズは彼との間に決定的な、分かり合えぬ冥漠とした隔たりを感じた。 その後、彼に決闘を挑む貴族が何人かいたが、何れもギーシュのように杖を取り落として敗れ去った。 ルイズはギーシュを含めてそれらの貴族達に敗北時の様子を聞いた。 そして皆一様にこう答えるのだ、『体に刃物を突き立てられるような激痛を感じた』と。 ある時、学院内に土ゴーレムと共にフーケが現れた。 己の使い魔に遅れを取ることをよしとせず、毎夜の特訓に打ち込んでいたルイズはちょうどゴーレムが塔を拳で打つ場面に行き会った。 迷うことなくルイズは失敗魔法で攻撃した。 騒ぎを聞きつけたキュルケとタバサが援護に現れるも、自在に変幻する土の前にトライアングルメイジである彼女達も責めあぐねる。 そして土ゴーレムが地に立つルイズに拳を振り下ろそうとした時、 何処よりか風を巻いて馳せ寄ったセンチヨが彼女を抱え、死地から救い出した。 賊を前にして逃走する形になったルイズは彼の腕の中で抵抗した。その姿に笑みを浮かべたセンチヨは彼女にこう言った。 「ルイズ殿、今より我が忍法の一端をあなたにお見せ仕る」 彼は己の喉笛に手をかけた。傍目から見ても、そこに万力の如き力が込められているのがよくわかった。 同時に土ゴーレムの上に立つ人影が喉を押さえて悶えた。 人影は不可視の炎に炙られるかのように身を震わせ、集中が切れた為に瓦解し土の瀑布と化したゴーレムと共に大地に墜落していく。 後に残った砂山の上には失神したミス・ロングビルが横たわっていた。彼女こそがトリステイン中に悪名轟かす土くれのフーケであった。 直後にルイズは扇千代より初めて“忍法”という言葉を説明された。 ついでに言うと、この頃からセンチヨは常にルイズの傍らにいるようになった。 手紙回収の任を負ってアルビオンに赴いた時。 ルイズに追従した立場であったにも関わらずセンチヨは率先して働いた。 元々の忍術・体術にガンダールヴの力が相乗したセンチヨは闇中に入れば影の如く潜み、 灯下に身を躍らせれば剣光を散らして敵対者を斬り倒す。賊や女神の杵亭に押し入った傭兵はまるでセンチヨの敵ではなかった。 再び現れたフーケや謎の仮面の男もセンチヨの"忍法"の前に杖を落として敗れた。 そしてニューカッスルの礼拝堂、本性を顕しルイズを殺そうとしたワルドの前にセンチヨが立ちふさがった。 ワルドに強かに痛めつけられたルイズは、薄れゆく意識の中でそれを見届けた。 入り乱れて乱舞するワルドとその偏在。対するセンチヨは、慌てることなく己の両瞼の上に刀身を滑らせる。 次の瞬間、五人のワルド達はうめきつつ両目を掌で覆った。 死線に切りこんだ間隙をセンチヨは瞑目したままでありながら逃さない。 長刀とデルフによる剣撃の前に偏在は風に消え、本体のワルドも左腕を落とされ遁走した。 気絶したルイズが気付いた時、眼下に炎と黒煙に彩られながら落ちゆくニューカッスル城が見えた。 それを背に雲海に飛び立つ風竜の上で、センチヨはルイズに全てを打ち明けた。 自分のこと、自分のかつていた世界、そこで繰り広げられた三つ巴の壮絶な死闘。 彼の腕の中で聞くそれらの話は到底信じられぬことであったが、ルイズは信じた。 蒼穹に走る風が髪を揺する中、ルイズは眠り込んで夢を見た。 煙霧にぼやける水平線が遠く見える大海に小船がたゆたう。紺碧の天球には寒々とした星が瞬いている。船に座るのは幼い頃のルイズ。 中空から風のように現れる子爵様はもういないという実感と、寂寥と孤独の冷気に少女は身を震わせて泣いた。 そこへ模糊たる海面を渡って誰かが近づいて来る。藍色の大気を裂いて船に跨ぎ入った青年は溜息して、微笑を浮かべた。 「探しましたぞ、ルイズ殿」 ルイズの心にはセンチヨが住み始めていた。 この頃から既にルイズの胸に、センチヨへの、使い魔に対する以上の淡く熱い想いが蕾を結み始めていたのかもしれない。 それからのセンチヨはずっとルイズの前に居た。 アルビオン軍がタルブの村に攻め寄せた時も、蘇ったウェールズとアンリエッタが杖をルイズ達に向けた時も、 アルビオンに上陸する時も。センチヨは打ち寄せる害悪を巌のように受け止め、その全てをルイズから遠ざける。 信頼に裏打ちされたセンチヨの行為にルイズも答え、己の果たすべき役目、虚無の詠唱を紡ぎあげ艱難を打破する。 それはまるで、二人の間に思念の山彦が響きあうようであった。 ロサイスに向けて七万の軍勢が歩を進める。 ルイズは殿軍としてそれを食い止めるよう命令された。撤退、降伏を認めぬ死守命令であり、生還は不可能。 恐怖に歯の根が合わず、臓腑が体内で捻れているような嘔吐感が沸き上がる。 だが、真の恐怖を生み出す根源は自分に付き従うであろうセンチヨの存在だった。 彼の死。想像するだけで心臓の鼓動が早鐘の如く満身にどよもし、筋骨がまるごと氷柱と化したかのような怖気が走る。 ルイズは人気の無い寺院の前にセンチヨを呼び出した。 「センチヨ、逃げて。わたしにつきあうことはないわ。あなたはもう道具として使われる忍者じゃない。 二度も死ぬなんてことしなくていい、いや、しちゃ駄目なの。だからお願い、どこか遠くに逃げて・・・」 それだけをセンチヨに言うとルイズは逃げるように踵を返した。 本来なら相手の返事を聞いてから移るべき行動だが、その言葉が肯定、否定のいずれにしても、 それを受け止めるのはルイズには辛すぎた。 ルイズは駆け出そうとしてセンチヨに肩を捕まれた。 声を出す間もなく、振り向かされたルイズの顔にセンチヨの顔が重る。 真に重なったのは唇同士、およそ春の儀式の際に交わした『契約』とは比べられぬ程に甘やかで深く熱く、そして物悲しい交わりであった。 唇が離れると共に彼に何か言おうとしたルイズは、強烈な眠気に襲われそのまま夢寐に意識を沈めた。 意識を失う前までの彼との思い出が車輪の如く脳裡を走り抜け、音も無く止まる。 「・・・・・・センチヨ!」 魂を掻き毟るようなルイズの絶叫がアルビオンの空を翔る。 涙が絡んだ上に、何度目の絶叫になるか喉が枯れているようで、彼女の愛らしい声は砂利が混じったような響きをまじえている。 ルイズが目を覚ました場所は寺院の前ではなく、出航するレドウタブール号の甲板であった。 兵士の言によれば、センチヨはただ一人で七万の軍勢が大挙する丘に向かったのだ。 話を聞くやルイズは狂気の如く柵に駆け寄り、飛び降りようとした。 同乗していたギーシュとマリコルヌが止めなければ、五体は大地に叩きつけられていただろう。 「無理だよ!下にもう、味方はいないんだ!」 「センチヨが行ってからもう丸一日経ってるんだ!君が戻ってなんとかなる状況じゃない!」 「おろして、お願い!二度も死ぬなんてあんまりだわ!センチヨ!」 絶叫は山彦響かぬアルビオンの空に無惨にも消えた。 前ページ次ページ虚無に響く山彦
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盛大な爆発音と土煙が舞い上がる…… (なんか手ごたえある!!) この日、数十回目の失敗の後。召喚に成功した事を確信したルイズは、拳を握り締めちょっと感動するのだった。 「おい、なんか居ないか?」 「まさかゼロのルイズが成功したのかよ!」 ざわめく生徒達を他所にルイズは期待に胸を膨らませながら(精神的な意味で)土煙を凝視するのだった。 しかしながら、土煙が晴れてくるのと裏腹に表情は徐々に曇るのだった。その理由は、「そこに立っていた人物が奇妙」だったからであった。 まず目に付いたのは、ルイズの背丈ほどはあろうかという大きなお面。 緑を基調としたカラフルでなおかつエキゾチックな人の顔を模したようなお面だった。そのお面をつけている人物の服装はと言えば…… 腰巻のようなものをしているが殆ど裸、しかもその体には何かの模様を刻んでいるのか塗っているのか…… どこからどうみても平民と言うより本で読んだ未開の地に住むと言われる原住民の様ないでたちであった。 (なんで私だけドラゴンやサラマンダーとかバグベアーとか……せめてフクロウとか猫とかじゃないのよ!! 平民ならまだしもどうみても原住民だし…… 正直言葉通じるのかしら?) ルイズは色々な事を考えると頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。 ここで普段の生徒達ならルイズをはやし立てるのだが、あまりの出来事にちょっと引いていた。 (なんか… やばくね?) (変な踊りしてるし…) (それより、すごく気になるんだが…… あいつの周りにいる白いの…… まさか…) コルベールは背中にかいている汗が止まらなかった。なぜならば、自分の経験と知識から照らし合わせれば間違いなくあの白いのは『精霊』であった。 精霊を従えているとなれば先住魔法の使い手の可能性が極めて高かったからであった。 コルベールは小声で生徒達に学院に戻るように指示すると静かにルイズに近づくのだった。 「ミス・ヴァリエール、静かにこちらに来なさい」 小声で呼びかけるコルベールの下へ静かにルイズが向かうと覚悟を決めた表情をした先生からこう言われるのであった。 「ミス・ヴァリエール、私が奴に話しかけたらすぐに学園へ走りなさい」 コルベールの表情と台詞の意味に気がついたルイズは首を振り涙目になりながら訴えるのだった。 「コルベール先生、でもあいつは私が召喚したんです。原住民みたいだけどそれでもやっと呼び出せたんです」 せっかく召喚できた使い魔を殺されると考えたルイズ必死に止めようとするのだった。しかし、コルベールが声に気をつけながらルイズを説き伏せるのだった。 「ミス・ヴァリエール、なるだけなら私もあなたのサモン・サーヴァントが成功したことを祝いたかったのですが… 奴は危険すぎます」 なおも食い下がろうとするルイズに対し、コルベールは奴の周りの白い奴を指差し精霊である事をルイズに告げるのだった。 魔法はからっきしであるが為、他の生徒の誰よりも知識に関して秀でていたルイズはそれを聞いた瞬間に真っ青になり震えながらその場に座り込んでしまうのだった。 (しまった、ヴァリエールが近くに居てはうかつに攻撃することも出来ん) コルベールは自分の配慮の浅さを呪うのだった。刺し違えても倒すつもりであったが、ルイズがちかくに居ては戦いの巻き添えにしてしまう可能性が大きかった。 ここで、コルベールはさらなるミスを犯していたのだった。それはルイズの行動を見て我が身を呪ってしまった事であった。 そのわずかな時間に奴が接近することを許してしまったのだった。コルベールが気付いた時にはすでに自分とルイズの間に奴は立っていた。 焦るコルベールを他所に奴はルイズの前で屈むと、不思議そうに首をかしげながらルイズをお面越しに覗き込んでいるのだった。 そんな奴に対して、ルイズは震えながらも貴族としてのプライドだけで気丈に問いかけるのだった。 「ああ、あんた誰よ!!」 奴はルイズの問いかけを聞くとスッと立ち上がり両手を挙げてこう答えるのだった。 「マッドマン!!」 マッドマンと名乗った奴は「ウホ!ウホ!」と叫びながらルイズの前で左右にぴょこぴょこと跳ねながら踊っているのだった。 しかし、突然叫んだかと思うと前のめりに倒れるのだった。 「危なかった…」 倒れたマッドマンの後ろから汗だくになった額をハンカチで拭いているコルベールが姿を現すのだった。 コルベールが踊っているマッドマンにそっと近づき後頭部へ当身をしたのだった。 「助かった…」 突然の出来事に身体を強張らせていたルイズだったがコルベールの機転のおかげだとわかると気が抜けてそのまま後ろに倒れそうになるのだった。 そんなルイズをコルベールは支えてコントラクト・サーヴァントを早く済ませるように促すのだった。 コルベールは契約を済ませれば使い魔として従順になり危険はなくなるだろうと判断したのだった。 コルベールの促しを聞いたルイズは表情をパッと明るくさせ急いでマッドマンの傍へと行くのだった。たしかに奇妙な人物…… でも初めて魔法が成功した事、精霊を操る実力者、この人物が私の使い魔になると考えるとさっきまでの恐怖心は消え去り期待に胸を膨らませるのだった(物理的に無理だが)。 ルイズはマッドマンのお面を取ると意外と美形な男だったことに赤面しながらも無事に契約を済ませるのだった。
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前ページ次ページプレデター・ハルケギニア アルビオン王国の王城、ハヴィランド宮殿のエントランスを歩く人影があった。 先頭の人物は長身に青い軍服、金色の短髪、面長な端正な顔に青い瞳。 そしてその立ち居振る舞いや雰囲気は高貴さを感じさせる。 「しかし、驚きました。まさかあの空賊が王子たちが扮するアルビオン軍だったとは」 「はは、情け無い限りさ。ああでもしないともう何も手に入らないんだ、子爵」 ワルドの言葉に先頭の人物は振り返らず答えた。ワルドの横にはどこか不安そうな面持ちのルイズが 寄り添うように歩いている。あの時、ルイズたちの貨物船を襲った空賊たちは何と、この金髪の若者、 つまりは皇太子ウェールズが率いる王軍だったのだ。 あの後、王軍への大使であると主張したルイズ達は空賊たちに拘束された。 そして空賊の頭に呼び出され詳しい事情を話すと頭の変装を脱ぎ捨てウェールズが現れたというわけだ。 「お帰りなさいませ、殿下!」 一行の前方から白髪の逞しい体躯の男が走るようにやってきた。 「パリー!喜べ、硫黄が大量に手に入ったぞ!」 「おお、それは素晴らしい!明日の戦で貴族派のやつらに一泡吹かせられますな!」 パリーと呼ばれた男とウェールズが抱き合って喜ぶ。 「明日の……戦?」 ルイズが呟くように言った。 「ああ、明日、貴族派はこの城に総攻撃を掛けると言ってきている」 「勝ち目は?」 ワルドがウェールズに問う。 「君ならわかるだろう、子爵」 ウェールズが苦笑いを浮かべる。王軍の戦力はわずかに300程、貴族派はその百倍を超える戦力を有している。 勝ち目は――無い。 「なに、最後の最後、派手に散ってやるさ。アルビオン王家の底力をやつらに見せ付けてやる」 ウェールズがどこか、遠くを見るような視線を浮かべながら言う。 ウェールズ達の会話を聞きながら、ルイズは戦慄していた。 ワルドと自分は大使としての用件を終えれば速やかに国に帰る。 しかしウェールズやパリーという重臣、そして残りの300余りの王軍は 明日の戦で間違いなく死ぬのだ。降伏もせずに百倍以上の戦力とぶつかればどうなるかは 戦に疎いルイズでも分かる。 それなのに、何故こんなにも笑っていられるのか。ウェールズの笑顔もパリーの笑顔も 眩しいほど明るい。 ―何故?何故そんなにも明るく笑い合えるの?― ルイズの脳裏はひたすら、何故という感情に埋め尽くされた。 「後武運を」 ワルドが小さく頭を下げて言った。 「ありがとう、子爵……さて、早速だが大使としての用件を聞かせてくれないか。 聞いての通り、もう時間が無いんだ」 ウェールズが笑いながら言う。ワルドが傍らのルイズを促すように見つめた。 「あ……は、はいウェールズ殿下!」 半ば呆けたような状態になっていたルイズがハッとした様子で答えた。 「ここでは何だ。僕の部屋へ行こう」 案内された部屋を見てルイズは驚いた。 ウェールズは先ほど確かに自分の部屋、そう言った。 しかし、目の前に広がる光景は一国の皇太子の部屋とはとても思えぬ物なのだ。 牢獄のごとくむき出しの岩壁、室内に置いてある物と言えば平民が使うような質素な 机、イス、ベッドぐらいのものだ。広さで言えば学院のルイズの部屋の半分も無いだろう。 ある意味、今の王軍の状態を象徴するような部屋だった。 「そんな顔をしないでくれ」 ウェールズが白い歯を見せながら苦笑いをして見せる。 「す、すいません!殿下」 「もうこんな部屋しか僕には残されていないんだ。まぁ、住めば都だよ」 相変わらずウェールズは笑っている。ルイズはそれを直視できずに俯いた。 「これが姫様からの密書です」 ルイズが白い便箋をウェールズに手渡す。 ウェールズは短く謝礼を述べるとその封を開け手紙を読み始めた。 やがて全ての文面を読み終えるとウェールズは机の引き出しから一つの便箋を取り出した。 その便箋に小さくキスをするとそれをルイズへと手渡す。 「彼女が探している物はその手紙だよ。それさえ手元にあればゲルマニア皇帝との婚姻 も何も心配いらない」 「あのウェールズ殿下……」 沈痛な面持ちでルイズが言う。 「なんだい?ミス・ヴァリエール」 「亡命なさいませ!トリステインに亡命なさいませ!きっと姫様からの手紙にもそう!」 叫ぶようなルイズの言葉にウェールズは横に首を振る。 「そんなことは一言も書かれていないよ」 「そんな、嘘です!失礼ながら先ほどのあなたの手紙を読む眼差しとキスで私は全てを理解してしまいました! 私は幼少のころより姫様を存じております!姫様ならきっと……」 不意にウェールズがルイズの肩に手を置いた。 「君は大使に向いていないな」 ウェールズが再び苦笑いを浮かべる。 「明日、僕等は確実に負けるだろう。ただこれは単なるアルビオン王国の内戦じゃない」 ルイズの肩に置かれた手に力がこもる。 「やつら貴族派は単にアルビオンの主権を手に入れたい訳じゃない。 やつらは我等を討ち果たした後は下界の国々の王権も滅ぼす気だ。 新しい世界を造ろうとしているんだよ」 ウェールズの瞳が真っ直ぐにルイズを見つめる。 「やつらに見せ付けてやるのさ。我々古くからの王族たちは安々とやられはしない、と。 アンリエッタもきっと分かってる。だから君も、分かってくれ……」 そう言い終えるとウェールズの手が肩から離れた。 「殿下……」 ルイズはどこか納得できない表情を浮かべていたがそれ以上何も言わなかった。 ウェールズが掴んだ肩が、熱い。 この時、部屋の窓のあたりから獣が喉を鳴らすような音がしたがルイズもウェールズも気づくことは無かった。 その夜、ハヴィランド宮殿の大広間では盛大な大宴会が開かれていた。 テーブルには所狭しと豪華な料理が並び、いたるところで男達がグラスをぶつけ合い意味もなく乾杯を繰り返してる。 王軍の状況を考えれば正しく、最後の晩餐であった。しかし暗い顔をしている者は誰一人としていない。 みな笑っている。眩しいほどに。 そんな状況に遂にルイズは耐え切れなくなり走るように会場を去った。 用意された部屋のベッドに飛び込むとうつ伏せになりシーツを強く掴んだ。 「おかしいわ、あの人達。明日にはみんな死んじゃうのに…… どうして?どうして笑っていられるの?」 うつ伏せになりながら呟いていると、やがて涙が流れてきた。 「ルイズ」 すすり泣いていると不意にドアのほうから声がかかった。 ドアの前に立つ人物は――ワルドだ。 「ワルド……」 涙を拭きながらルイズがワルドを見る。ワルドは静かにベッドへと歩み寄り腰掛けると ルイズの頭を優しく抱き寄せた。 「辛かったね君には。でもねルイズ、僕には何となくわかるよ。彼等の気持ちは」 ワルドの逞しい手がルイズの頭を優しく撫でる。 ルイズはただ、ワルドの胸ですすり泣くだけだった。 「彼等は命を掛けて王族としての誇りを守ろうとしている。 命をかけて何かを守る覚悟があるなら、もう何も怖い物は無いんだ。 それが死であってもね」 「そしてそれは僕も同じさ」 ワルドの言葉にルイズが不思議そうにワルドの顔を見上げる。 「君を守りたい。命を、いや生涯を掛けてね」 ワルドが優しくルイズを見つめる。 「答えを聞かせてもらえないか。僕のかわいいルイズ……」 ワルドの優しい言葉にルイズの目から涙がさらに流れ落ちる。 「ワルド、あなたの求婚を……お受けします」 その言葉とともにワルドとルイズは強く抱き合った。 翌朝、ワルドとルイズは朝日の中、ある場所に向かって歩いていた。 城内に建てられている礼拝堂だ。二人はそこで簡単な結婚式を挙げるのだ。 不意にワルドがルイズの小さな手を握る。ルイズは一瞬ハッとした表情でワルドを見上げたが すぐに顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんなルイズをワルドは優しく微笑みながら見つめていた。 礼拝堂へと歩く二人の男女。その手は固く握り合っていた。 礼拝堂の中でウェールズは一人ステンドグラスを見上げていた。 始祖プリミルが描かれた物だ。もっともその姿を描くことは恐れ多いとの事で その姿ははっきりしないシルエットのような物として描かれている。 ――人生の最後に二人の男女が結ばれる場に立ち会う、か―― 薄く笑いながら『悪くは無いか』、と心の中で呟いた。 彼はこれから司祭としてワルドとルイズの結婚を見届けるのだ。 『HAHAHAHAHAHAHAHA!!』 不意にどこからか野太い男の笑い声が響いた。 「誰だ!?」 ウェールズが咄嗟に身構えながら問う。 『We are death s messengers.Prepare yourself.』 今度は高めの男の声だ。王子としての十分な教育を受けてきたウェールズにして聞いたことも無い言語であった。 ウェールズが困惑した表情を浮かべていると突如、ステンドグラスが突き破られガラス片が飛び散った。 ワルドとルイズが礼拝堂の前に差し掛かった瞬間、ドアをブチ破り何かが飛び出してきた。 「きゃッ!?」 ルイズが悲鳴を上げる。そしてその前の地面に横たわるのは 司祭を務めるはずのウェールズその人であった。 「ウェールズ様!?」 「一体どうされました!?」 ワルドとルイズがウェールズに駆け寄る。 ウェールズがヨロヨロと立ち上がった。額からは血が流れ左腕がぶらんと垂れ下がっている。 どうやら完全に折れているようだ。 「貴族派め……悪魔に魂を売ったか!!!」 ウェールズがそう叫ぶと礼拝堂の入り口に青い電流が流れる。 そして現れた姿は―― 召喚せし者とされし者。ルイズと亜人、何日ぶりの再会であっただろうか。 前ページ次ページプレデター・ハルケギニア
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 2 「祈祷書と動き出す歯車」 夜、ルイズの自室 明日の使い魔の品評会の前に、ルイズは溜息をついていた。 「せっかく姫様が来てくれたのに、明日の品評会に出られないなんて」 ルイズは、この品評会でニューの魔法を披露しアンリエッタから言葉を頂きたかったのだが、自身の使い魔の存在が、ルイズの晴れ舞台を阻止したのだ。 「仕方ないだろう、オスマン殿が言った事なのだから」 ニューが、何度も聞いているのか、投げやりな態度で応える。 ルイズ達、三人の使い魔は既に学園内での認知はされていたが、さすがに、王女相手にニュー達を見せる訳にはいかなかった。 特に、ニューの魔法は下手をすれば、アカデミーが手を出すかも知れないので、ルイズは自身の姉を思い浮かべ、渋々それに従った。 もっとも、キュルケとタバサは留学生という事もあり、特に落胆は無かったが、当初、ルイズは優勝間違いなしと思っていただけに、溜息ばかりを付いていた。 その時、ルイズ達の部屋を叩く音が聞こえた。 誰だろう?そう思いながら二人が顔を見合わせる。キュルケなら、勝手に入ってくるであろうし、タバサはそもそも来た事がない。 「どうぞ、あいていますよ」 ニューが取り敢えず、入室の許可を出す。 それを聞いて、部屋の扉を開ける音がして、フードをかぶった人影が入ってくる。 中に入るなり、小声で何かを言いながら、中の様子を確認する。 そして、徐にフードを取った顔を見た時、思わず驚き二人は声を上げた。 「姫様!」 それは朝、周りから見たアンリエッタの顔であった。 その反応に、特に気にせずアンリエッタが部屋のルイズに近づく。 「合いたかったわ!ルイズ」 そう言って、ルイズの手を取る。 「姫様、どうしてこんな所に!?」 「貴女に会いたいからに、決まっているわ!ずっと貴女とお話ししたかったの!ルイズ、今日、私、道にいた貴女の隣に変わったゴーレムを見かけましたの!初めて見ましたわ、ルイズ、貴女も使い魔召喚に成功したのですね、見せて下さらない?」 アンリエッタが早口でまくしたてるが、その中の内容が気になったのか、ルイズは言葉を濁らせる。 「姫様、そのゴーレムって、赤い羽根の様なものを付けていません?」 アンリエッタの背中に居る、ニューを見ながら困惑した顔でルイズが伝える。 「そうですわ、ルイズ、あれは何なのか知っていますの、教えて下さらない?」 アンリエッタが嬉しそうに、自身が見たゴーレムが何なのかを見る。 「姫様、後ろにいるのが、そのゴーレムだと思います。」 ルイズが、後ろにいるニューを指差す。 それを見て、アンリエッタが振り返るとそこには朝、馬車から見たゴーレムが居た。 「そう、これです。ルイズこのゴーレムは何ですか?」 アンリエッタが、彼女は初めて見た玩具の様に興奮気味な状態で更に手を強く握る。 「それは……私の使い魔です。」 本当に、申し訳なさそうにルイズが声を出す。 「初めまして、アンリエッタ様、私はルイズの使い魔をしているニューと申します。」 丁寧に、ルイズが知っている限り、主にもやった事のない動作でニューが自己紹介する。 それを見て、アンリエッタは驚きからか、握った手を弱める。 「話すのですか?あなたは一体……」 話した事がよっぽどショックだったのか、アンリエッタは言葉を失う。 「姫様、ニューはスダ…ドアカワールドと言う異世界からやって来たらしいです。本当は信じたくないのですが、この世界の生物と認識するのが怖いのでその言葉を信じる事にしています。」 「さりげなく、酷い事を言っていないか?」 ルイズの、自分の説明の中に、明らかに悪意のある部分を感じ取り指摘する。 ルイズとニューはお互いに、アンリエッタにニュー達の事を話した。 アンリエッタも、最初は驚いていたが、三人の行動を聞くうちにそれもなくなり、終には、笑いだす程であった。 「そうですか、あなた達三人がフーケを捕らえたのですか、今度何かお礼をしないといけませんね」 「いいですよ、姫様、コイツにお礼なんて」 ルイズが、ニューを指差しながら、謙遜する。 「ルイズ、そう言う事は私が言う事だ、ちなみに、お前は何も私にしてくれなかっただろう」 「調子乗ってんじゃないわよ、この馬鹿ゴーレム!」 ルイズが、いつもどおり拳を見舞いそれを見たアンリエッタが笑いだす。 室内には和やかなムードが漂っていた。 「姫様、ところで、何でこんな時間に?」 ルイズが、ふと気になったのかアンリエッタに理由を尋ねる。 アンリエッタならば、自室にルイズを呼んで人払いをすれば良いだけである。 「気になった事がありますので、それに貴女にある物を渡したかったのです。」 アンリエッタはそう言うと、小さな辞書の様な本を取り出した。 「ルイズ、「始祖の祈祷書」を知っていますか?」 「たしか、始祖ブリミルが記述したという古書と言われる奴ですよね?」 ルイズが自分の知識から、知っている情報で応える。 始祖の祈祷書はその存在よりも、歴史上、数多の偽物とそれにまつわる物語を生み出してきた曰くつきの一品であった。 トリステイン王家が所有しているが、それを偽物だと言う貴族まで居る始末であった。 「これは、その始祖の祈祷書です。」 「えっ!これが祈祷書ですか?けど、この祈祷書がどうしたのです。」 ルイズが疑問を抱きながら、祈祷書を見つめる。 「私は数日前、夢の中で始祖の祈祷書を貴女に渡せと言われました。そして、あなたが虚無の力を持っている、そう告げられました。」 アンリエッタが、目をつむりながら数日前の出来事を話す。 「私が虚無……」 「ルイズ、虚無と言うのは確か4系統では無い系統では無かったか?」 講義で習った事を思い出しながら、ニューが虚無についての知識を披露する。 「そうです、今は失われてしまった系統、それが虚無です。そして、ルイズには虚無の系統であると言っていました。」 今でも、おぼろげながらその光景が忘れられず、アンリエッタが呟く。 「けど、それは夢ですよね、だいたい、誰がそんな事を言っていたんですか?」 「はい、姿は解らないのですが、それは、光の化身と名乗っていました。そして、それはこうも言っていました。この世界に邪悪なる物が現れようとしている。そして、そこからさらに邪悪なる物が現れ、この世界を破滅に導くであろう」 暗い表情で、アンリエッタが話を終える。 (ルイズよ、汝の世界は大きな闇に包まれる。汝は戦わねばならん。) ルイズにはいつかの夢の言葉が思い出された。 (それって、私の夢でも言っていた事なのかな) 「……姫様、実は私も似たような夢を見ていたのです。」 「まぁ、本当なのですか?ルイズ」 アンリエッタがその事に興味を持ち、夢での事を説明する。 「あなたも、そんな夢を見るなんて……偶然とは思えないわ」 アンリエッタが頷くのを見ながら、ルイズは、ニューの方を見やると何か考え事をしていた。 「ニュー、何考えているの?」 「ドライセンの事を考えていたのだ」 ニューは先日での、モット伯での出来事を思い出す。 ドライセンは何者かの命令で動いていた。そして、それはモット伯まで知っていたのだったから。 「ルイズ、アンリエッタ王女にすべてを話そう」 ニューがルイズに伏せていた話の許可を求める。 (モット伯の事は秘密にしていたかったのに) ルイズが、アンリエッタの方に顔を向ける。 ルイズ自身がここ最近の出来事は夢の様な出来事であっただけに、話すのは躊躇われた。 「かまいません、ニューさんお話し下さい。」 アンリエッタは聞く気になっていた。アンリエッタにとってこの間の夢といい、自分は何一つ知らない、だからこそ全部知っておきたかった。 ルイズは二人に見つめられて覚悟を決めて、隠しておいた話を切り出した。 モット伯の家に向かった事、そして、その途中でニュー達の敵であるドライセンと戦った事、学園の宝物庫にある物がニュー達の世界である物であり、宝物庫にある獅子の斧をモット伯が狙っていた事。 ルイズは、本来秘密にしておくべき事をアンリエッタに明かした。 「そうですか、これで納得行きました。夢などでは無く警告であると言う事に……」 (レコン・キスタでは無い邪悪なる物、そして、ニューさん達の世界の魔物がこの世界に現れた事、ハルケギニアに危機が迫っているのは本当の事なのですね。) アンリエッタはすべてを聞いた後、自身の夢が唯の夢ではない事を確信するのであった。 「モット伯は私が喚問します。ルイズ、お告げ通りに私はあなたに始祖の祈祷書をお渡しいたします。」 自身のやるべき事に従い、アンリエッタはルイズに始祖の祈祷書を渡す。 「いいのですか?これはトリステイン王家に伝わる大切な物なのに……」 「始祖の祈祷書は、私の婚姻に立ち会う巫女に貸し出すものです。私はルイズに頼もうと思ったから、時期が早まっただけです。」 ルイズの顔を見ながら、アンリエッタが、嬉しそうに笑う。 「姫様……」 「けど、私はなにも力がありません。あなた達の力を借りる事になります。」 「はいっ!ちょっと、ニュー!アンタも返事しなさいよ!」 「厄介な事になったな……まぁ、分りました。アンリエッタ王女、私達、アルガス騎士団も力をお貸しします。」 (帰るつもりが、厄介な事になった。しかし、ドライセンといい、ルイズや姫様が見た夢と言いこのまま無事に済むわけは無いだろうな) ジオンの残党がいるなら戦わねばならない。という理由はアンリエッタとルイズに力を貸す理由は充分であった。 「あなた達が力を貸してくれるのを、アンリエッタ、心より感謝いたします。」 アンリエッタが畏まって礼をする。 その後、二人はアンリエッタを彼女の部屋の近くまで護衛した。 後日、二人を呼び出す約束をしながら。 「何か凄い事になっちゃったわね、私が虚無だなんて」 長年失われた、伝説の系統と言われても未だに、魔法が使えないルイズには喜べることでは無かった。 「そうだな、よりにも寄ってルイズがいきなり虚無だと言われたら、それは姫様も戯言だと思うよな」 もっともらしく頷き、ニューはルイズを見るがそこには居なかった。 「この馬鹿ゴーレム!何、ご主人様に失礼な口きくのよ!」 ニューにとっては、その日は珍しく、3度目の制裁を受けるのであった。 次の日は品評会の日であったが、出場の必要の無いルイズ達には休みと変わらなかった。 アンリエッタは忙しいのか、その日のうちに城へと戻って行った。 そして、品評会から次の日 朝 ルイズ達が朝食を食べて出席すると空白の席が二つあった。 「あれ、キュルケとタバサはいないの?」 二人が朝食に来ないのは、ルイズは二人が寝坊しただけだと思っていた。 「タバサは知らないけど、キュルケはダブルゼータを連れて、この間のアルビオン旅行に行ったわよ、ギーシュが勝っていれば、私達が行けたのに」 この間のレースを思い出し、モンモランシーは二人の居ない理由を語る。 タバサは時々、このように居なくなる事があったから驚かなかったが 「アルビオンに旅行って、今の状況知らないの?」 アルビオンは現在内戦状態で、旅行に行くなどと言う精神がルイズには理解できなかった。 「あの二人ならやりかねないわよ、私も明日から出かけるんだけどね」 「別に、アンタの用事なんてどうでもいいわよ」 つまらなそうに、ルイズが答える。 「そう言えばここ最近ミス…ロングビル見ないんだけど、あなた達何か知らない?」 モンモランシーの何気ない話題が二人をあせらせる。 「しっ、知らないわよ」 「ああっ!家族に何かあったんじゃないか」 突然自分達にとってのマイナスな話題に、ルイズとニューは慌てて否定する。 自身の趣味で雇った人間が盗賊であったなどと言ったら、敵の多いオスマンはタダでは済まないし、それを見過ごす程老いぼれてはいない。帰ってからすぐに、ルイズ達に緘口令をひいて、自身の失態を洩れないようにしていた。 「まぁいいけど、何であなた達出なかったの?多分優勝できたわよ」 優勝したの、ギーシュだったしと、モンモランシーが付け加える。 昨日の品評会は本命がおらず、結果的に、綺麗な鉱石を見つけ出し、献上したギーシュのヴェルダンデが優勝した。 「仕方ないじゃない、ニューの魔法を見られて、アカデミーに連れていかれる訳にはいかないし」 ルイズ自身も優勝を確信していただけに、欠場は悔しかった。 「まぁ、確かにあなたの使い魔は凄いからね」 「使い魔の部分を強調していない?モンモランシー」 ルイズがこめかみをひくつかせながら、モンモランシーに笑顔で犬歯を剥く 「だって、ニューは凄いじゃない、攻撃だけでは無く、回復まで使えるし、何時だったかゼータを蘇生させたのは先住魔法よ」 自身が、水系統であり、傷を治す事が出来るだけに、ニューの回復魔法は凄まじい者であった。 「リバイブは疲れるからあまり使える事は出来ないがな」 「それもだし、マディアも凄いわよ、普通ルイズが教室爆破した時はけが人の手当てが大変だったのよ」 一年の頃、自身が怪我しているにもかかわらず、更に重傷のギーシュを手当てした時の苦労を思い出し、モンモランシーはその事を振り返る。 「ちょっと、モンモランシー、ニューにあんまり話しかけないでよ、コイツは私の使い魔なのよ!」 二人が近くなった事を気にして、その間にルイズが割って入る。 その後、いつも以上に気合の入った挑戦で、教室は全壊し、ニューの魔法が改めて頼りにされているのをモンモランシーは実感した。 それから3日後、ルイズ達は約束通りアンリエッタに呼び出され、アンリエッタの私室へとやって来た。 (さすがは、王族だな……) アンリエッタの私室は小さいながら、調度品などはやはり王族としての風格を漂わす物であった。 「ルイズ、ニューさん大変な事が起こりました。」 そう言った、アンリエッタの顔は暗く緊張感が現れていた。 「今朝、モット伯が……死にました。」 「うそ!」「なんだって!」 ルイズとニューもモット伯の死に驚きの声を上げる。 「死因は自殺と言う事ですが、不審な点が多すぎます。」 一昨日、アンリエッタは3日後にモット伯の喚問をする為に、使者を送ったばかりである。 しかし、モット伯は今朝、毒物をワインと飲んで、死んでいたと言う。 「いったい誰が……」 「おそらく、レコン・キスタの手の物でしょう」 「レコン・キスタ……」 ルイズもその名前には聞き覚えがなかった。 「アルビオンの反乱軍の組織名です。このトリステインにも、入り込んでいると言われております。おそらく喚問の情報を聞きつけて、さきにモット伯を始末したのでしょう。」 アンリエッタが、沈痛な面持ちでつぶやく。 アンリエッタは今回の喚問を表向きはただの、謁見のみと言う情報であった。 しかし、レコン・キスタはモット伯の名前が危険だと気付き、処分したのであろう。 レコン・キスタの存在は掴んでおり、一部には内通者がいる事は掴んでいたが、特定までは出来なかった。今回の事でも、アンリエッタ自身にしてみれば、後手に回ったと言える。 「ルイズ、レコン・キスタの次の目標はおそらくこのトリステインです。」 「この国だと言うのですか、それにまだ、アルビオン王国軍が居るじゃないですか!」 ルイズが知っている限り、アルビオンは現在内戦中である。アルビオンはアルビオン王立空軍を始めとした、強力な軍事力を保有している。反乱軍に負けるとは思えなかった。 「反乱軍の首謀者はオリヴァー・クロムウェルと言う男で、噂では虚無のメイジ等と呼ばれております。」 当初は、一部の貴族と平民の反乱かと思われていたが、徐々に、貴族を取りこみ平民を増やしながら、卓越した情報戦を展開し、攻守を逆転してしまった。 もはや、アルビオン軍はニューカッスル城にまで追い詰められていた。 「この間言った通り、ルイズ、貴女に頼みごとがあるのです。」 「はい、姫様私でよければ、何でも申して下さい」 礼をしながら、ルイズが片膝をつく。 (安請け合いをするな、ルイズ!) ニューがその様子を見て、ルイズを罵倒する。その状況で、出される頼み事は決して簡単なことでは無い。 (しかし、モット伯はドライセンとつながりがあった、そして今回の自殺といい無関係ではないだろうな……) モット邸の所に現れたドライセン、そして、そのモット伯を自殺に追い込んだレコン・キスタ。それは、何かしらの繋がりを示していた。 「姫様、それは危険な事ですよね?」 「ニュー、アンタは黙ってなさい!」 ニューが意図を含んで、アンリエッタに問いかけるのを見て、ルイズが不快感を表す。 しかし、アンリエッタは不快感を示さず首を無言で縦に振るだけであった。 「いいのです、危険な事に変わりはありません。頼みたい事とはあなた達に、アルビオンに赴きアルビオン皇太子、ウェールズ…テューダー様から、手紙を回収してきて欲しいのです。」 「内戦地区に、ルイズを送り込むのですか!?」 自身が考えていたレベルよりも、過酷な任務にニューも声を荒げる。 ニューは精々、レコン・キスタの内通者が町に居ないかを見つけて、報告するだけだと思っていた。しかし、出された任務は、内戦地区への潜入及び回収である。 ルイズは、素人の上に旅慣れていない。そんなルイズを送り込むなど正気の沙汰とは思えなかった。 「危険な事は解っています。しかし、その手紙をレコン・キスタはおそらく狙っており、それを口実にレコン・キスタはトリステインを攻め入るでしょう。」 「だからと言って、ルイズは素人です。こう言った任務に適した人物はいないのですか?」 おそらく、こう言った事を行うのに適した人物がいるであろう。ニューはそう思いアンリエッタに詰め寄る。 「軍人の中にはレコン・キスタの息のかかっている者もいます。信頼できる人物に頼みたいのです。もちろん、腕の立つ護衛をつけます。」 「ニュー、アンタは黙っていて!姫様、このルイズ、必ず使命を果たして見せます。」 感極まったように、ルイズが承諾する。 「勝手に、承諾するな!今は、ゼータやダブルゼータが居ないんだぞ!」 (私だけでは、負担が大きすぎる。) ニューは二人に劣っているとは思っていない。しかし、自分が全てを行えるとも思っていない。それは、尊敬するアレックスやナイトガンダムも同じであろう。 二人との仲が悪かった頃のニューなら絶対考えないであろう発言であるが、強敵との戦いや、数多くの修羅場を潜り抜けて来ただけに、今回の任務はあの二人の力は必要であると感じていた。 また、戦いに勝つために私利私欲を考えず、時に自分が犠牲になりながらも、自分達を支持するアムロはニューにとって、尊敬する一人であった。 「ニュー……アンタ、ダブルゼータやニューが居ないと戦えないの?」 ルイズが、先ほどの熱くなった表情から、途端に冷笑と軽蔑の籠った眼差しに切り替わる。 「何、ルイズそれはどういう事だ?」 ルイズのその言葉に何かを感じたのか、ニューも切り返す。 「別に、アルガス騎士団の隊長などと言っている癖に、二人が居ないと何もできない何て言うから、少しねぇ……あなたが臆病者だなんて、初めて知って驚いているだけよ」 そう言いながら、ルイズが含みのある視線を送る。 (ニューが居ないと、さすがに私だけでは任務は行えない。ここはニューを挑発して上手く動かさないと) ルイズの事を付き合っているうちに、動かすポイントを見つけたニューだが、それは、ルイズも同じである。 ニューとて、聖人君主では無い、言われて嫌な事はある。そして、ルイズはそれを見つけていた。 「ふざけるな!これは大事な事なんだぞ!」 ニューも珍しく激昂する。 ニューにとってのそのポイントはゼータとダブルゼータである。悪と言う訳ではないが、 だからと言って必要以上に慣れ合う訳でもない。特に今でも、二人より劣ると思われるのはニューにとっては遺憾であった。 3人は戦友であり、ライバルでもある。見下してはいないが、かといって劣っているとも思っていない。その関係がアルガス騎士団の扱いを難しくさせる原因であり、アレックスを悩ませていた所であった。 「そう大事な事、だから二人を待ってはいられない。それに私はあなたの事を信用しているの、あなたが二人に劣る訳ないわよね、法術隊長のニュー?」 ニューの肩書を強調しながら、ルイズがささやく。 その様子を見て、アンリエッタが心配そうに二人の顔を見やる。 「当然だ、あの二人が居れば成功率が上がるだけで、私一人でも問題ない、ただゼロのご主人様が心配だったから保険をかけただけだ。アンリエッタ様、主ルイズと、このニューその任務、遂行させていただきます。」 ニューが片膝をつき、アンリエッタに承諾の意思表示をする。 「やっていただけるのですね!ルイズ、ニューさん、よろしくお願いします。」 そう言いながら、自身の指輪を外し、ルイズに手渡す。 「これは水のルビーです。これを見ればウェールズ様はきっとお分りになってくれます。」 自身にとっては思い出の品であるが、ルイズ達の身分を証明する事になるだろう。 「では、失礼いたします。」 二人が、一礼し、部屋を出ていく。 「頼みましたよ、ルイズ、ニューさん」 誰に聞こえるともなく、アンリエッタは呟き窓から外を見る。 自身の最愛の人が居る大地は暗い雲に包まれていた。 「23 ルイズ、頼みましたよ」 王女 アンリエッタ ルイズに、始祖の祈祷書を託す。 MP 30 (相手のHPを吸い取る。) 「24はぁ、優勝すれば賞金が手に入ったのに」 香水のモンモランシー ギーシュの恋人? MP 300 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 2 目の前に、異形ともいうべきものが現れる。 彼は自分がもうすぐ死ぬのではないかとその時思っていた。 「いやだ、私は死にたくないのだ」 それは何も言わなかった。 ただ、それは、指輪をかざすのみであった。 「やめてくれ!やめて……」 言葉が途切れ、瞳に正気を失う。 彼はただ、グラスをあおる。 「おやすみ……」 その一言を最後に、朝まで沈黙が訪れた。 前ページ次ページゼロの騎士団
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前ページ次ページデモゼロ 馬鹿力のルイズ、元「ゼロ」のルイズ とうとう、自分の使い魔の正体を知っちゃった それは、悪魔寄生体 宿り主に、強き力を与える存在 …だが、しかし その力に飲み込まれれば、本当に悪魔のごとき存在となってしまう 自分は、どうするべきなのか? 今ならまだ、間に合うと言う だが、しかし …自分に、使い魔を捨てる事など、できるのか? 広い広い、華やかなホール そこで、魔法学院の生徒や教師たちが、各々着飾った姿で、踊りや雑談を頼んでいた …今夜は、フリッグの舞踏会 土くれのフーケの騒ぎで、一時は中止すべきでは、との声も出たものの ルイズたちの活躍により、無事事件が解決した…と言う事になった為、例年通り開催される事になったのだ キュルケは華やかで露出たっぷりのドレスに身を包み、多数のボーイフレンドに囲まれて雑談を楽しんでいた 傷痕は水メイジの治療にって完全に消えており、痛々しさは全くない もぐもぐもぐ タバサは、そこから少し離れた所で、黒いパーティドレスに身を包んだ姿で料理に夢中だ 大変な戦いの後だったからか、いつもより食欲倍増である 「もう、よく食べるわねぇ。その小さな体にどれだけ入るのよ?」 す、とボーイフレンドたちから離れ、キュルケはタバサの様子に苦笑した 思わず、ルイズの状態を思い浮かべたが…この親友は、前々から、体格に似合わずけっこう食べる子だった、と言う事実を思い出す …きょときょと キュルケは、ホールの中を見回す 目当ての相手の姿は、まだない 「遅いわねぇ、ルイズ」 「………」 そう ある意味で、今夜のパーティの一番の主役と言ってもいいルイズの姿が、まだない 準備に時間がかかっているのだろうか? キュルケは、つい数時間前のルイズの様子を思い出し…心配になってくる 「私…次第…」 選択を突きつけられたルイズ 使い魔を、捨てるか、否か 使い魔を捨てなければ…どこか、一つでも間違えたら、その存在に己を飲み込まれる 人の心を、失ってしまうかもしれない その恐怖を自覚して、震えていたルイズ キュルケに出来た事は、そのルイズの体を、そっと支えてやる事だけで 「……私、は」 ぎゅう、と 強く、強く、拳を握り締めていたルイズ きっと、あの苦悩は…同じ立場に立たされた者にしか、わからない …と、その時 ホールの扉が、開かれた 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール嬢、おな~り~!」 ひらり 美しい、純白のドレスに身を包んだルイズが…ホールに、姿を現した その姿は、馬子にも衣装? いや、違う ルイズが本来持っている高貴さ、美しさが、存分に発揮された姿 普段、ルイズの事を馬鹿にしていた生徒たちも、思わず見とれてしまう姿だ まぁ、人間なんてそんな物である、所詮見た目だ 特に、男子生徒たちは、その美しさに思わず見とれ、ルイズをダンスに誘っている者もいる …が、しかし、ルイズはその誘いを全て断っていた そして、ずんずんずん 向かう先は!! 「…あ、やっぱり」 思わず、呟くキュルケ ぱくぱくもぐもぐ 用意された豪華な料理に食いつくルイズの姿に、キュルケは思わず、和んだ笑みを浮かべたのだった もぐもぐもぐ うん、美味しい! やはり、体を動かした後の食事と言うものは最高だ …一応、その、ドレスに着替える前にも、軽く食べたのだ 着替えている間、おなかが鳴りっぱなしと言うのも嫌だから …そうなのに、やっぱり、食べたい 色々と視線が突き刺さっている気がするが、気にせずルイズは食事する 「…あ、あの、ルイズ様…」 「あら、シエスタ。あなたも食べればいいのに」 もぐごっくん デルフを運んできてくれたシエスタに、笑いかけるルイズ ルイズのそんな言葉に、シエスタは慌てて首を左右に降った 「い、いえ!私は、まだ仕事がありますから…」 「そう?…あ、デルフはそこの壁にでも立てかけておいてくれる?御免なさい、重たかったでしょ」 いえ、とシエスタは微笑んで、デルフをすぐ傍の壁に立てかけてくれた そのまま、料理を運ぶなどの仕事に戻るべく、ぱたぱたと離れていく 一応、デルフもルイズの手によって活躍したのだし 剣であるデルフには、舞踏会などよくわからないかもしれないが、一応、雰囲気だけでも味合わせてあげようと思ったのだ が、流石にドレス姿の自分が持ってくるわけにもいかず、シエスタに運んでもらったのだ ひゅ~ぅ、とデルフは口笛のような音を出す 「賑やかなもんだねぇ。俺には何が楽しいのか、よくわからねぇけど」 「ま、あんたは踊る事も食べる事もできなんだし。とりあえず、雰囲気だけ味わったら?」 言いながら、ルイズは他の料理に手を伸ばす …せっかくのパーティだ、今日は食べ尽くそう!! 食欲全開の、そんなルイズの姿に 「…舞踏会ってのは、踊ってなんぼなんじゃね?」 と、デルフは剣の癖に、至極真っ当なツッコミを呟いたのだった どうしよう どう、声をかけようか キュルケは、少し離れた位置からルイズを見つめ、悩む …ルイズが、決断した様子を キュルケは、間近で見たのだ 「…教えて、モートソグニル」 「ちゅ?」 「あなたは、あの化け物を…人間に戻した、わよね?あれは…私にも、できる?」 俯いていた、顔をあげ ルイズは、真っ直ぐにモートソグニルを見つめ、そう尋ねた こくり、モートソグニルは頷いてくる 「できまちゅよ。僕たちのような力を持った者は、あぁやって悪魔の種を取り出すのでちゅ」 「……それじゃあ」 ルイズの瞳に宿るのは、強い、決意 彼女は、答えを選んだのは 「私は…この力を捨てない。捨てる訳には、いかないわ」 「…どうして?」 モートソグニルの問いかけに ルイズはゆっくり、はっきりと、答える 「弱き者を護る、救う。それが、貴族の役目。あの化け物の状態になってしまった人たちは、平民だったわ。 あれは、メイジでも、太刀打ちするのが難しい相手。 きっと、あれに立ち向かえるのは、同じ力を得た者だけ…そうなんでしょう?」 ちゅちゅ、とモートソグニルは頷いている …それは、キュルケにもなんとなくだが、わかっていた トライアングルクラスの自分やタバサでも、あの化け物と戦って、勝てるという確証はない …しかし そんな相手を、ルイズとモートソグニルは、いとも簡単に薙ぎ払ってしまった あれらに太刀打ちできるのは、同じ力を得た者たちだけなのだ 「そして…あの状態になってしまった人達を人間に戻せす事が、救う事ができるのならば… 私は、その力を、捨てる訳にはいかないの」 あぁ、ルイズ その瞳に、強い決意を宿らせながらも…小さな体は、震えている 力に飲み込まれるかもしれない恐怖 それと、必死に戦い続けている 「私は、どうしてなのかはわからないけれど…魔法が使えない。貴族なのに、魔法が使えない『ゼロ』のルイズ。 こんな私でも…この力が、あれば。弱い人達を、護る事が、救う事ができる」 …あぁ、だから あなたは、険しい道を、選ぶというの? 「だから、私は使い魔を、この力を捨てる訳にはいかない。『ゼロ』の私でも、誰かを救えるのなら …私は、この力を捨てたりしない。力に飲み込まれたりしない、制御してみせる!!」 「…ルイズ」 強く、強く、はっきりと 皆の注目を浴びている中…ルイズは、そう言い切った 戦うのだ、と 彼女は、明言してみせたのだ あの瞬間の、ルイズの決意の表情 しかし、同時に震えていた、体 …果たして、自分は、あのルイズに、どう声をかけてやればいいのだろうか? 「…あら?」 ……と、キュルケが悩んでいると ルイズに、す、と近づいている青年の姿に気付く あれは… 「…もう。先を越されちゃったわね」 青年がルイズに話し掛けている姿に、キュルケは苦笑して 気持ちを切り替えるように、すぐ傍のテーブルの料理に、手を伸ばすのだった 「ルイズちゃん、ルイズちゃん」 「むぐ?……あ、モートソグニル」 自分に話し掛けてきたモートソグニルを、ルイズは見上げた 整った身なりの、青年の姿をとっているモートソグニル 舞踏会と言う場のせいか、さほど違和感を感じる事無く、場に溶け込んでいる 「楽しんでまちゅか?」 「えぇ、とっても!」 「食ってばっかりだけどな」 ぎゅうううううううう 「っちょ!?痛い痛い痛いやめてーお願い手加減してー!!」 余計な事を言ったデルフの柄を、思いっきり握り緊めるルイズ 悲鳴をあげるデルフの様子に、モートソグニルは苦笑してきた うん、これくらいにしてあげようか ぱ、とルイズはデルフを解放してやる 「モートソグニル、いいの?オールド・オスマンから離れていて」 「大丈夫でちゅ。ご主人様の許可はとってまちゅ」 なら、いいのだけれども じ、と…モートソグニルは、ルイズを、見つめてきて ぽつり、呟いてきた 「…良かったんでちゅか?ルイズちゃん。本当に…その力を、捨てなくても」 「貴族に二言はないわ」 そうだ これは、自分が決めた事 自分が出した、答え この力で、誰かを救う事ができるのならば …自分は、恐怖に打ち勝ってみせる 力に飲み込まれたりしない 必ず、制御しきってみせる 「だから、モートソグニル…この力の、制御の仕方。教えてね?」 「もちろんでちゅ。協力するでちゅよ」 ありがとう、とルイズは微笑んだ そして…そろそろ、料理を食べるのにも、満足して にこり、モートソグニルを見上げる 「ちゅ?どうしたでちゅ?」 「せっかくだから…一曲、踊ってくださる?」 ルイズの、その申し出に ちゅちゅ?と、モートソグニルは、途惑った様子を見せた 「え?でも…僕、所詮鼠でちゅから。ダンスなんて、できないでちゅよ?」 わたわたわた 慌てているその姿に、ルイズは思わず笑みを深めた 戦っている姿や、学院長室での様子などを見ていた時は、なんだか凛々しい感じだったけれど 今のこの様子は、まるで彼の本来の、あの可愛らしい鼠の姿を連想させて、気持ちが和んでしまう 「大丈夫よ、私がリードするから」 「ちゅ…そ、それじゃあ、一曲だけ…」 恐る恐る、ルイズの手に手を差し伸べたモートソグニル ルイズは、この日一番の、最高の笑顔を浮かべて…モートソグニルの手をとったのだった くるり、くるり 今日のパーティ一番の主役と、どこからともなく現れた青年が、ダンスを踊る 慣れない様子のモートソグニルを、ルイズがリードしてやる様子は、どこか微笑ましくて いつの間にやら、ホールの視線を釘付けだ 「はっはっはぁ!メイジと踊る使い魔なんて、初めて見たぜ!!」 けらけら そんな二人の様子に、デルフはさも愉快そうに、笑い声を上げたのだった 前ページ次ページデモゼロ
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前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 滅亡を迎えるアルビオンに朝が訪れる。 ルイズが眠りから覚めると、もう日は昇りきっていた。 「もう昼過ぎかしら……」 太陽の位置から何となく時刻を察する。 眠りすぎたのを若干悔いつつ、手早く着替えを済ませた。 「お早う、ルイズ」 ルイズが扉を開けると、そこにはワルドがいた。 「おはよう、ワルド。ずっと待っていたの?」 「いや、まだ起きないようなら昼食を置いておこうと思って運んでもらったんだ」 老紳士然としたメイジが、食器を運んでいた。 「お目覚めですかな。 私、皇太子様の世話役を任されておりましたパリーです。以後お見知り置きを」 老メイジが深々と頭を下げ一礼する。 「昼食後で結構ですが、後に国王陛下が会見を望まれております」 「ええ、是非」 ルイズは作り笑いを浮かべようと努力する。 声がかすれながらも、何とか誤魔化せたようだ。 「ありがとうございます、国王陛下も喜びになられます」 パリーは笑顔でそう答えると、部屋を後にする。 老メイジの笑顔とは対照的に、ルイズの心は晴れないままだった…… 国王への謁見も終わり、夜を迎える。 ルイズはずっと部屋にいたかったが、そうもいかずパーティにだけは出席する。 表向きは華やかな宴、実態は最期の晩餐。 国王が逃亡するよう斡旋するも、部下達は笑って皆その場を立ち去ろうとしない。 誰もが陽気に笑い、破滅に向かう。 会場の光景がルイズには虚しさしか感じず、直視できない。 「アセルス……」 バルコニーで外をぼんやりと眺めていたアセルスにルイズが近寄る。 「どうしたの?」 ルイズに掛ける言葉は優しさに満ちている。 自分の心が砕けそうになった時、アセルスは受け止めてくれた。 一方で他人の命を躊躇いもなく奪う。 アセルスの二面性に、ルイズは戸惑いを覚える。 笑顔で滅びようとしている、アルビオンの貴族達のように。 「どうして彼らは笑っていられるのかしら……死ぬのが悲しくないの?」 「さぁ……私には分からないわ」 ルイズの望む答えはアセルスにも分からず、素直に告げる。 「アセルスは命の奪い合いが怖くないの?躊躇したりとか……」 ルイズの口調にいつもの明るさはない。 人が死に向かう姿を目の当たりにした経験はなかった。 「戸惑っていたら、その間に大切な人を失うから」 崖での尋問や宿での交戦。 殺さなければ、こちらが殺されていたかもしれない。 理屈は分かっていても、心の未成熟な少女の感情は揺らいだままだった。 「私も……アセルスにとって大切な人なの?」 「当然じゃないか」 アセルスはルイズの質問した意図が理解できない。 「私、ワルドに婚約されたの」 アセルスに衝撃を与えるルイズの告白。 「……ルイズは……どうするの?」 曖昧すぎるアセルスの問いかけ。 止めるにせよ決心させるにせよ、何か言わなければならないのに何一つ浮かばない。 「分からないのよ……自分でもどうすればいいのか」 弱々しく首を振って、目を伏せた。 「だから、アセルスに聞きたかったの。私は一体どんな存在なのか」 ルイズの一言一言に、アセルスは胸が締め付けられた。 動悸が激しくなり、何もしていないのに嫌な汗が流れる。 「……ルイズにとって、私は何?」 ルイズの質問に息が詰まりそうになりながら、かろうじて言葉を絞り出す。 「理想よ。貴族の理想、こうなりたいと願う憧れ」 アセルスの問いに、ルイズは即答する。 ルイズがアセルスを追求しだしたのは、ほんの些細な重ね合わせから。 ワルドの求婚。 アセルスの人生を追憶する夢。 人と妖魔の関係に気づいてしまった事。 最大の理由は、自身が理想が揺らいでしまった事。 名誉を守る為、滅びを恐れぬ彼らの姿は紛れもなく貴族の精神だ。 同時に愛する者を捨ててまで、死に行く彼らがルイズには納得できない。 「ねえアセルス……お願い、答えて」 か細い声と共に、アセルスのドレスの裾を掴む。 理想が揺らいだから、ルイズはアセルスを求めた。 求められる事で、自分が間違っていないのだと信じたかった。 無論、求められたからと言って正しさを証明できる訳ではない。 ルイズが行おうとしているのは、単なる現実逃避だ。 誰より孤独を嫌うから、他人に必要とされようと求める。 何もルイズだけに当てはまる事ではない、アセルスも同様だった。 「私は……」 傍にいてくれればそれだけで良かった。 かつてルイズに告げた台詞だが、アセルスは肝心な関係を伝えていない。 主従として、友として……或いは愛する者として。 どのように寄り添って欲しいかまではアセルスは告げていない。 追求された今、何と返せば正しいのか言葉が浮かばない。 いや、この問答に正解など無い。 アセルスは単に嫌われまいとしているだけだ。 だから、アセルスは自分の感情ではなく当たり障りの無い答えを返す。 一番愚かな過ちだとも知らずに。 「私は貴女の使い魔よ」 「そう……」 明らかに落胆したルイズの声。 アセルスには何が間違っていたのかが感づけない。 「私は人間よ……」 ルイズの口から出てきたのはアセルスからすれば拒絶にも等しい言葉。 「それは……」 二の句が継げない。 関係ないとでも言うつもりか? かつて白薔薇に妖魔と人間は相入れないと言っておきながら? 「いつか別れがくるわ……」 死について考えた時、自分も同じ立場だと気付いてしまった。 人間に過ぎない自分はいつかアセルスを置いて、死んでしまうと。 ルイズの宣告は、アセルスが気づきながらも考えようとしなかった問題。 「言ってたわよね、傍にいてくれるだけでいいって」 アセルスは声が出せない。 いくら足掻いても、喉が枯れたような呻き。 「でも、私じゃダメなのよ……」 ルイズの顔も悲壮に満ちていた。 「私はいずれアセルスを孤独にしてしまうわ……」 構わない、わずかな間でも孤独を忘れさせてほしい。 アセルスの頭に引き止める言葉は浮かぶも、口に出来ない。 何故なら、アセルスの本当の願いは自分と永遠を分かち合う存在。 人の身であるルイズには、決して叶えられない願い。 「ねえ……私、どうしたらいいかな?」 離れたくない、しかし種族の違いが二人の前に立ちはだかる。 思わずアセルスはルイズの腕を逃がさないように掴んでしまった。 「痛っ……アセルス…………?」 ルイズがアセルスを呼びかける。 掴んだ腕で華奢なルイズの身体を引き寄せる。 見慣れたはずのアセルスの紅い瞳。 それが今のルイズには、まるで別人に見えた。 「アセルス……怖い……!」 振りほどこうとするが、ルイズの力ではアセルスに適うはずもない。 怯えたルイズに対して、アセルスに過去の光景がフラッシュバックした。 オルロワージュを倒して、妖魔の君となった時。 ジーナを寵姫として迎えた時に残した彼女の言葉。 『アセルス様…………怖い……』 ジーナが怯えていたのは、慣れない針の城に迎えた所為だと思っていた。 ルイズの姿がジーナと重なる。 怯えていたのは自分にではないかと今更気づいた。 「止めないか!」 会話の内容までは知らないが、ただならぬ雰囲気にワルドが間に割って入る。 「とうとう本性を現したな、妖魔め!」 ワルドは杖を突きつけると、ルイズを庇う。 ルイズはワルドの背後でなおも恐怖から震えていた。 自分の何を恐れているのか? 疑問の答えはアセルスには決して紐解けないものだった。 人は常に最善の答えを探し出せるとは限らない。 しかし、限られた選択肢の中から次善策を見つけて生きる。 ジーナが陰鬱な針の城を嫌いながら、ファシナトールから離れられなかったように。 行く宛などなかったし、抜け出すだけの大金がある訳でもない。 結果、彼女は現実を妥協する。 だが、アセルスは城から逃げた。 受け入れねばならないはずの現実から逃げるようにして。 半妖の証明である自分の紫の血。 人間でなくなり、妖魔となった事実。 この時点でもアセルスに残された選択肢はいくつかあった。 例えば半妖として、蔑まれながらも生き続ける。 或いは主であるオルロワージュを討ち滅ぼして、妖魔の血を消し去る。 前者であればジーナがアセルスから離れはしなかった。 後者なら永遠の命を捨て、代わりに平穏な人生を得られたはずだ。 彼女は何の選択も行わず、逃げた。 妖魔として生きる道を選んだのではない。 自分の運命を呪うばかりで、選択を行わずに妖魔に堕ちたのだ。 シエスタの祖父が娘に語ったように、アセルスは運命を言い訳に使ったに過ぎない。 アセルスに残されたのは上級妖魔の血を継いだ事。 ルイズが貴族の自尊心に縋ったように、アセルスはオルロワージュを超えようと確執した。 寵姫の数や他者を支配するという目に見える成果だけを求めて。 決断を先延ばしにした結果、白薔薇を失った。 アセルスは白薔薇を自分勝手な使命感で失った自覚はある。 だが、後悔するだけで省みれなかった。 ジーナも失ってようやく、白薔薇が自分の下から去ったのではと気付かされた。 白薔薇は自分よりあの人を選んだのだろうかと、妬みにも似た感情に支配されるのはアセルスの稚拙さ。 現実を見ようとしなかった代償が押し寄せる。 その時、アセルスが選んだのはいつもと同じ行動だった。 「アセルス!」 ルイズの叫び声は空しく響きわたった。 アセルスはルイズの前から逃げ出したのだ…… ルイズもアセルスも気づいていない。 お互いが相手を求めながら、相手を見ていなかった現実。 ルイズはアセルスの半生を見て、彼女が苦悩を乗り越えた気高き存在だと思っている。 アセルスはルイズが自分で決断した目標、立派な貴族になるまで挫けないのだろうと思いこんでいる。 人の心はそれほど簡単ではないのに。 二人は擦れ違い続ける。 傍にいながらお互いの存在を正しく認識していないのだから。 「どうして……」 残されたルイズがアセルスの消えた闇夜に呟く。 「ルイズ、無事かい?」 ワルドが振り返る。 「どうしたんだい?今にも泣きそうな顔だ」 ワルドがルイズに語りかける。 「分からないのよ、何が正しいのか……」 誇り高いはずの貴族の行動が理解できない。 アセルスも、自分の前から逃げ去ってしまった。 何が間違えていたのか、答えをいくら求めても見いだせない。 「あれが妖魔さ……人を裏切る事など露程も思っていない」 ワルドは吐き捨てるように言い放つ。 「大丈夫、君の傍には僕がずっといるとも」 今にも泣きそうなルイズの肩に手を置いた。 優しい一言にルイズの頬から一滴、涙が溢れ落ちる。 「君は優しすぎる……だから、好きになったんだけどね」 泣いたルイズをそのまま抱きしめる。 張りつめた精神が緩んだ結果、泣き疲れてルイズは眠ってしまった…… 次にルイズが目を覚ましたのはベッドの上だった。 昨日割り当てられた自分の部屋なのだろうと、感づいた。 「やあ、起きたかい?」 ワルドの声がした扉の方を振り向く。 ワルドは給仕に暖かい飲み物を運んでもらっている最中だった。 飲み物が入ったポットを暖めてルイズに手渡す。 「落ち着いたかい?」 「ええ、ごめんなさい。みっともない所見せちゃって」 立派な貴族になるという志がルイズにはある。 だが、それをなし得たと思う出来事は一度もなかった。 魔法は未だに扱えないままだし、人に弱音を見せてしまうのはこれが二度目だ。 一度目の時。 その相手だったアセルスは何も言わずに立ち去ってしまった…… また戻ってくるかもしれないが、ルイズの心に暗鬱とした感情が溜まる。 再び会ったとして何を言えばいいのだろうか。 初めて、アセルスが妖魔である事を怖いと思ってしまった。 バルコニーでのアセルスの瞳。 信じていた相手にすら畏怖を与えるだけの重圧があった。 同時に、心に引っかかるのはアセルスが消える前に見せた表情。 既視感を覚えながら、ルイズには感覚の正体が何思い出せない。 「ルイズ」 ワルドの呼びかけにルイズが顔を上げる。 「もう一度言わせてくれ。ルイズ、僕と婚約して欲しい」 事の発端となったワルドのプロポーズ。 「ワルド、それは……」 「分かっている、君がまだ学生なのは。 不安なんだ、君がまた妖魔に殺されるんじゃないかと」 ルイズが否定しようとするより、ワルドが強くルイズの手を握る。 「アセルスは……」 そんな事はしないと言おうとして、言葉に詰まる。 ルイズの心情に構わず、ワルドは手を握り締めたままに捲し立てた。 「何も今すぐにと言う訳じゃない。 学校を卒業してからでもいいし、君が立派な貴族になったと思ってからでもいい。 ただ式をここで挙げたいんだ、二人っきりで」 「こんな所で?」 思わず、率直な意見を口にしてしまう。 「ウェールズ皇太子は勇敢な貴族だ。僕は皇太子に神父役を御願いしたいんだ」 ルイズが沈黙して考える。 ワルドに対しては少なからず好意を抱いている。 突然のプロポーズに困惑しているが、嬉しいと言う気持ちも無い訳ではない。 むしろ、自分なんかでいいのだろうかとすら思える。 グリフォン隊の隊長という立場にあるワルドと、魔法すら未だ使えぬゼロの自分。 「……本当に、私なんかでいいの?」 「君を愛しているんだ」 ワルドはルイズの質問に即座に答えてみせた。 「……うん」 長い沈黙の末に、ルイズが頷いた。 「本当かい!」 喜びにワルドは大声をあげ、ルイズの手を取る。 「ありがとう!必ず君を幸せにしてみせるよ」 ワルドが何気なく言った言葉。 幸せとは何か?願いが適う事だろうか? アセルスの願いは自分と傍にいる事だった。 ワルドの願いは……婚約? 自分の願いは……何だろうか? 立派な貴族になるという目標は少し違う気がした。 ここまでの疲れが出たのだろうか、カップを戻そうと立ち上がるとふらついてしまう。 そんなルイズの肩をワルドは優しく抱きとめた。 「僕がやるよ、君は明日の式に向けて休んでおくといい」 就寝の挨拶を交わして、ワルドは部屋を立ち去る。 ベッドの上に仰向けになったルイズを月明かりが照らす。 ぼんやりと何も考えられずにいると、ルイズはいつの間にか眠りに落ちていた…… 逃げ出したアセルスは何処とも分からない森にいた。 崖下には奈落のように暗く深い、夜空だけが広がっている。 『相棒……』 デルフが呟くが、何と声をかけていいのか分からなかった。 素人玄人問わずに多くの人間に使われてきた記憶は存在する。 大小問わず悩み、苦しむ使い手もいた。 しかし、アセルスのように半妖の悩みを抱えた者はいない。 彼女の心に混沌とした感情が渦巻いているのだけは伝わる。 300年生きたオールド・オスマンがルイズに何も言えなかったように。 デルフも何も言葉をかけられない自分の無力さに、歯があれば歯軋りしただろう。 「ルイズ……」 朧げに彼女の名前を呟く。 初めは好奇心に近かった。 自分を召喚した少女の境遇はあまりに自分と似ていた。 同時に、彼女ならば自らの苦悩を理解してくれるかもしれないと考える。 事実、ルイズは受け入れてくれた。 他人に見せられない弱さも自分の前では見せた。 それでも成長しようとするルイズを見て、美しいと思った。 問題は幾度も悩んだ、種族の差。 加えて、アセルスにとっては新たな苦悩があった。 白薔薇の頃はまだ無自覚だった。 友達や姉のように思っているだけだと自分に言い聞かせた。 『自由になってほしい』 白薔薇が最後に告げた台詞はオルロワージュからの支配の脱却だと思っていた。 『くだらないことに捕らわれるんだな。 姫も言ってたじゃないか、自由になれってね』 だからこそ、他人に指摘された時に動揺する。 ──本心では、私は白薔薇を愛していたのだと。 ジーナは生まれて初めてはっきりとアセルスが愛情を抱いた相手だった。 だが、ジーナも失った。 未だ理由が分からないまま、彼女は自らの命を絶った。 アセルスは二度の喪失から誰かを求めるのが恐ろしくなる。 自分を受け入れてくれた存在をまた失うのではないかという不安。 アセルスは気付き始めていた。 いつの間にか、他人を妖力で支配していた事実。 嫌悪していたはずの妖魔の力を当然のように扱い、欲望のままに行動していた。 「だって私は妖魔の君……」 違う、妖魔の力なんていらない。 人としてただ、平穏に暮らしたかった。 誰でもいいから必要とされたかった、妖魔ではなく自分自身として。 だから…… 「その為に、ルイズを利用した……」 寂しさや孤独を嫌った。 妖魔として生きると言いながら、人間のように理解者を求めてしまった。 召喚で呼び出された相手、ルイズが鏡写しのように思えたから。 一人の少女を地獄への道連れにしようとする行いだとも気づかず…… 『違う!相棒が嬢ちゃんを思う気持ちは本物だったはずだ!』 デルフの制止にも構わず、左の拳を地面に叩きつける。 地面を容易く抉ると同時に、アセルスの皮膚にも微かに血が滲む。 「紫の血……妖魔でも人間でもない血の色……」 見慣れたはずの血の色が、汚らわしく見えた。 デルフを掴むと自分の手に何度も何度も突き立てる。 叶わないと知っていても、自分の血を全て流してしまいたかった。 『よせ!相棒!!こんな事したって……』 妖魔の血がなくなる訳じゃない。 デルフが言葉を引っ込めたのは、アセルスの悲痛な表情を見たからか。 「ルイズは……結婚するって……」 アセルスの言動は、もはや支離滅裂。 それでも、ルイズから告げられた事実を噛み締める。 婚約。 もし自分が人間のままだったなら、誰かと結ばれた人生もあったのだろうか? そうなればジーナも……そう、ジーナも同じだ。 ──ただの人間として。 ──平凡だが、幸せな人生を満喫する権利が彼女にもあったはずだ。 ──彼女から全てを奪ったのは…… 「私だ……私がジーナを……」 アセルスが思い出すのは、針の城でジーナと二人になった時の事。 怯えるジーナにアセルスはこう告げた。 『大丈夫、二人で永遠の宴を楽しもう』 即ちジーナに自らの血を分け与えようとした。 人から妖魔になる。 どれ程の苦悩かは自分が一番知っていたはずなのに。 ジーナさえ傍にいてくれれば良かった。 だが、ジーナは本当に永遠を共にしたかったのか? 彼女はあくまで『人』として自分の傍にいたかっただけではないのか。 永遠を望んだのはアセルスのみ。 自分がジーナに妖魔として生きる事を強要していたと気づく。 ──寵姫をガラスの棺に閉じ込めていたオルロワージュのように。 『あの人』と自分が同じ過ちを繰り返していた。 一度陥った悲観的感傷に、己の愚かさを否応なく見せつけられた。 どれほど後悔しようと手遅れだった。 ジーナが目を覚ます事はもう二度とないのだから。 失うのを恐れた続けた結果、人から全てを奪ってしまった。 白薔薇の居場所も……ジーナの命も……ルイズからも全てを奪うだろう。 アセルスは立ち上がると、浮浪者のように彷徨い歩く。 『相棒、どこ行くんだ!城は反対の方向……』 「私はもう、ルイズの傍にいられない」 デルフの叫びに力なく頭を振ると、ルイズの元に戻らない事を伝える。 『何を言ってんだ!?』 「きっと彼女を不幸にするもの……」 ジーナや白薔薇のように。 ルイズも自分の運命に巻き込んでしまうのを恐れた。 いや、既に巻き込んでしまっている。 これ以上、自分に付き合わせてはいけない。 運命に負けた敗残者の自分。 掲げた目標に向けて進むルイズ。 彼女の重りにしかなりえないと思い込んで、アセルスは姿を消した…… 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
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前ページ次ページゼロの怪盗 ルイズの焦燥は並大抵のものではなかった。 同級生に『ゼロのルイズ』と揶揄され、不当な辱めを受け続けてきた彼女にとってこの召喚の儀は、 彼女を馬鹿にしてきた連中を見返す最大のチャンスでもあったのだ。 それが、召喚には何度も失敗し、ようやく成功したと思ったら、現れたのは平民の男。 しかも、使い魔の契約を結んだにも関わらず、男はすぐに自分の元から去っていったのだ。 ルイズにとっては、人生最大の恥といっても過言ではなかった。 「何処!?何処なの!!?」 その苛立ちは言葉となり、自然にルイズの口をついて出た。 「アイツ……いや、もうアイツなんて人呼ばわりしないわ!! 犬よ!それもバカ犬!!……犬だって少しは主人を慕うものよ?全く……」 ルイズの口元が歪む。 「ふっふっふっ……どうやら躾が必要なようね。ふっふっふっ……」 そんな風にブツブツと言いながら歩いていると、宝物庫の近くで海東を発見した。 ミス・ロングビルとイチャついている。……様にルイズの目には見えた。 「あのバカ犬ッ!!私がこんなに苦労しているのに!!」 ルイズは怒りに身を任せて、杖を海東の背中へと向ける。 すると次の瞬間、ルイズの目の前に何か光の弾のようなものが飛んできた。 地面へ着弾すると、土埃を高らかに舞い上げ、魔法を唱えようとしたルイズの手を止めた。 「……………………へ?」 一瞬の出来事にルイズの体が固まる。 目の前で何が起きたのか理解出来ない。 散漫していた瞳を海東へ移すと、海東はこちらに背を向けながら何かをルイズの方へ向けていた。 それは鉄砲のようにも見えたが、あんな鉄砲はこの世界には存在しない。 「やれやれ、とんだ邪魔が入ったね」 海東はそう言うと、ルイズの方へゆっくりと振り返った。 そして、その鉄砲のようなものをルイズへ向けた。 「え?え?な、何?」 ルイズは目の前の出来事に、頭が真っ白になる。 「僕は自分が邪魔されるのはあまり好きじゃないんだ」 海東は表情を変えずにそう言い放つと、引き金に指をかける。 「ちょ、ちょっとお待ちください!」 ロングビルは慌てて海東を制止する。 彼女にとって、魔法の使えないゼロのルイズなどどうでもよかったが、 仮にも学院長の秘書である立場の自分が彼女を見捨てるのはあまりに不自然であった。 「彼女はミス・ヴァリエール。ヴァリエール公爵家の三女です。 それを傷付けた、或いは殺したなどあったら政治的問題になります!」 「関係ないね。興味もない」 海東は冷たくそう言い放つ。 そんな海東を見て、ロングビルは戦慄した。 (何て奴だい……) ロングビルは海東の視線の先を見つめる。 (本当に興味が無いんだねえ…。まるでそこに何もいないみたいじゃないか) そこには怒りなのか恐怖なのか、わなわなと震えるルイズがいたが、 海東の目にちゃんと彼女が映っているかは甚だ疑問であった。 「ま、いっか。お宝に障害はつきものだしね」 海東は感情のこもってない笑顔を浮かべると、ルイズに向けていたそれを下ろす。 と、同時にルイズはその場にへたり込んだ。 どうやら腰が抜けたようである。 「じゃあ僕はこれで失礼させて頂くよ」 そう言うと、素早く海東はその場から立ち去った。 「あ……。ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 ルイズは追いかけようとするが、足が動かない。 再び自分の元から去っていく海東の背中をただ見つめることしか出来なかった。 「…………!!」 ルイズは声にならない声を上げて地面を叩いた。 使い魔に対して恐怖を抱いたことへの屈辱、そして二度も使い魔に逃げられたことの悲しみ。 様々なものがない交ぜになり、自然と涙がこぼれている。 そんなルイズを気にも止めず、ロングビルは怪盗『土くれのフーケ』として海東の背中を見送った。 (あの身のこなし……あいつがただ者で無いのは確かだねえ。 それに、あのヴァリエールの嬢ちゃんが現れた時……。 背中に目でも付いてるかのような動きだった。……敵には回したくないねえ …………さて!) ごくり、と唾を飲み込むと、今度はミス・ロングビルとして泣き崩れるルイズの元へと向かった。 「……また、印が輝いてる」 海東は森の中で身を隠しながら、発光する自身の左手を見つめた。 (今のところ害は無いみたいだけど……このままにしておくわけにもいかない……か) この印は何なのか、また自身の体に何が起きてるのか。 知らないということがいかに危険なことだということを海東はよく知っている。 今後の為にも、この印のことを知っておく必要を海東は感じた。 その時、海東の脳裏にルイズの顔が浮かぶ。 (全てはあの子から……か) やれやれ、といった感じで海東を首を振る。 「……仕方ないね」 そう呟くと、海東は森の中へと消えていった。 ルイズはどうやって学院内へ戻ってきたのか覚えていなかった。 気付いた時には、コルベールの使い魔の捜索についての話が終わっていた。 当然、コルベールの話など1ミリも覚えていない。 半ば茫然自失のまま、ふらふらとした足付きで自室へ戻る。 (はははは……。もう、何が何やら……) 取り敢えず寝よう。 寝て起きたら、きっと悪い夢も覚めるだろう。 ルイズはもう他に何も考えたく無かった。 力無く自室の扉を開く。 「やあ」 「えっ?」 誰もいない筈の部屋から声がする。 ルイズは急いで中へ入る。 すると、 そこには飄々とした顔でベッドに腰掛ける男がいた。 その男はルイズが呼び出したあの使い魔、海東大樹であった。 前ページ次ページゼロの怪盗
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前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「諸君。決闘だ!」 ギーシュが高らかに宣言する。 周りの野次馬たちから喚声が上がる。 ギーシュは野次馬の喚声に応え手を振る。 ギーシュはここに至り多少の冷静さを取り戻し、そして開き直った。決闘であれば問題ない、と。 決闘自体は問題だ。本来禁止されている。おそらくこの騒ぎが終われば、学院から幾日かの謹慎なり、何か処罰が言い渡されるだろう。 だがそれはルイズにも言えることだ。 決闘であれば、決闘をした両者が悪い。 もしルイズを香水のビンを拾ったことで責めていたなら、明らかにギーシュ一人に非がある。 だからと言ってルイズにメイドを連れて行かせたら、ふられた上にルイズにやり込められるという恥の上塗り。 それに比べれば決闘という形で両者が処罰を受ける痛み分けの形は随分ましだ。 そして、決闘の中身でルイズに二度と生意気な口を聞けぬようにしてやれば良い。 「二人のレディーと、そして僕自身の誇りのために僕は闘う!」 ギーシュは薔薇を模った杖をルイズに向ける。 「『二人のレディーのため』はやめろと言ったでしょう。あんたは二股がばれた腹いせに決闘するのよ」 ルイズはギーシュに睨み返す。 「早く始めるぞ、ゼロのルイズ。もたもたしていると次の授業に間に合わなくなるからな。いくら授業に出ても魔法の使えるようにならない君には関係ないのだろうがね」 ギーシュは鼻息荒く侮蔑の言葉を返す。 「シエスタ。下がってなさい」 ルイズの言葉に従い、シエスタはルイズから離れる。相変わらずその目には不安がありありと見える。 それを確認したルイズはギーシュのほうへと一歩踏み出す。 「ふん! 覚悟はできているようだな」 ギーシュが薔薇の杖を振る。すると一枚、花弁がはらりと落ちる。 地面に花弁が落ちた瞬間、そこに一体のゴーレムが現れた。 鎧に身を包んだ女騎士のような姿。 大きさこそ平凡だが、所々に細工の入ったワルキューレの造型の見事さに、周囲から静かな歓声が上がる。 「これが僕のワルキューレさ」 ギーシュが得意げに言う。 「魔法の使えない君には一体で十分だろう。一体だけでも手も足も出ないだろうからね」 一体で十分。 この決闘の狙いはルイズを痛めつけることではない。もし取り返しのつかない怪我でもさせてしまったなら、謹慎では済まないだろう。 それは避けなければならない。 この決闘はルイズに実力差というものを見せつければいい。上下関係をはっきりさせてやればいい。 だからこそワルキューレは一体しか出さない。余裕で勝利して見せることこそが重要。 「何よ! 全力できなさいよ!」 ルイズはギーシュに食って掛かる。 「ひょっとして負けたときの言い訳? 『全力出してたら勝てました』とか後で言われても面倒だし、最初っから出せるだけ出してくれない?」 「ハッ! 笑わせるな、ルイズ。ゼロを相手に本気を出せるわけないだろ。……そうだな、君が万が一にも僕のワルキューレを一体でも倒せたなら本気で闘ってあげよう」 ギーシュは髪をかきあげ、余裕綽々といったポーズを作る。 あくまでもどちらが上かを思い知らせるための闘い。できる限り余裕の姿勢は崩さない。 そんなギーシュを見て、ルイズは内心で安堵の息をつく。 ギーシュへの挑発は賭け。だが、賭けは成功した。しかも理想の形で。 ワルキューレを複数出されては勝ち目は薄い。だが、一体しか出してないからといってそれを好機と闘っても、いつさらなるワルキューレを作るかわかったものではない。 だが、挑発によってギーシュから「ワルキューレを一体倒したなら本気を出す」という言質を取った。 体面ばかりを気にするギーシュが野次馬の前でそう宣言してしまった。ならば、そう簡単に言葉を覆すことはできない。 ギーシュは今出しているワルキューレが倒されるまで本気を出せない。 状況が差し迫ればそんな宣言を覆して新しいワルキューレを作るだろう。だが、どんなに差し迫った状況になろうとも、ワルキューレを作るのに一瞬の躊躇があるはずだ。 それで十分。 それで勝てる。 「さて、お喋りもお終いだ。さっさとかかって来たまえ」 ギーシュが言うと、ワルキューレがギーシュとルイズのちょうど中間あたりに立ち、構える。 先手は譲ってやる、ということだろう。 だが、ルイズは杖を構えることなく、再び口を開いた。 「その前にギーシュ。この決闘。勝ち負け決めて、それでお終いじゃつまらないわ。なにか、賭けましょう」 「賭け?」 ギーシュが訝しげな表情を浮かべる。 「そう。賭けよ。あぁ、『誇りを賭けて』なんてのはよしてよ。二股がばれて八つ当たりするようなあなたの誇りと私の誇りとじゃ価値が違いすぎるもの」 ギリ、とギーシュの歯が鳴るが、それは野次馬たちの耳には届かない。 安い挑発に乗る気はないが、二股云々言われるのだけは堪える。野次馬たちも二股という単語に反応してぎゃぁぎゃぁと喚く。もうこの決闘がどういう形に終わろうと、暫くは二股ネタでからかわれるのだろう。 忌々しい。 ルイズのせいで散々恥をかかされた。ならば、この決闘でルイズを完膚なきまでに虚仮にしてやろう。 「そうだな、ルイズ。僕が勝ったら……まぁ、僕の勝ち以外ありえないが、今後授業で魔法使わないでくれ。この間の錬金のように授業を潰されたら堪らないからね。 先生から魔法を使うように指示されたら『私が魔法使っても爆発して授業に迷惑をかけるので他の人を指名してください』と言うんだ」 ギーシュの言葉に野次馬が沸く。 同級生たちは少なからずルイズの魔法に迷惑している。 「そいつはいい! ギーシュ、とっととルイズを倒してしまえ!」 「これでルイズに授業を妨害されなくて済む。魔法の修行もはかどるってものだ!」 マリコルヌら、普段からルイズをゼロと揶揄するものたちはここぞとばかりにギーシュに便乗して騒ぎ立てる。 ギーシュはギャラリーの反応に気を良くし、得意げな笑みを浮かべている。 「私が勝ったら……」 ルイズはギーシュを睨みつける。 「私が勝ったらシエスタに謝りなさいよ」 ルイズは言った。 「シエスタ?」 ギーシュはその言葉の意味がしばらく理解できなかった。 それは周囲の野次馬たちも同じだった。「シエスタ」という単語が何を意味するのか理解できない。野次馬たちがざわつく。 しかし、そのざわつきも少しずつ収まっていく。その単語の意味を理解したものから口を閉ざし、その「シエスタ」に視線をやる。 騒々しかったヴェストリの広場に一瞬の沈黙が流れ、全ての視線が一箇所に集まる。 「は、ははっ……。成程な……」 沈黙を破ったのはギーシュだった。 「平民に頭を下げろとはね……。成程成程……。君はよっぽど僕を侮辱したいらしいな」 貴族が平民に頭を下げるなど有り得ない。貴族が上で平民は下。この関係は絶対である。 この場にいる生徒たち。その中に平民に頭を下げたことがあるものはいないだろう。そしてこれからもそうやって生きていくのだろう。 だから彼らは、ルイズの真意はギーシュに恥辱を与えることにあると、そう認識した。 シエスタに視線が集まりはしたが、誰もシエスタを見てはいない。ルイズがギーシュを辱めるための『だし』としての存在。そのように見ていた。 誰も、単純にして明快なルイズの真意を理解していなかった。 「ふん! なんとしてでも僕を侮辱したいようだが、どうせ僕の勝ち以外有り得ないからな。どんな条件だろうとかまいはしないさ」 ギーシュが見得を切る。 ルイズが突然口を出してきたところから、理解の及ばぬことばかりだった。平民に頭を下げるなどという最大級の恥辱。なぜそこまで突っ掛ってくるのか理解できない。 だが、この決闘で勝てばそれで済む話だ。 理解できないものを理解する必要などない。所詮はゼロ。端から理解の外にいる存在なのだ。 「では、いざ尋常に勝負といこうか。相手が負けを認めるか、相手の杖を落としたら勝負有り、でいいかな?」 「……勝負なんてシンプルなほうがいいわ。相手が負けを認めたら、だけにしましょう」 「オーケイ。ならそれでいい。ではもう覚悟はできてるかい?」 「ええ。準備はできてるわ」 そんな言葉を交わして、決闘の幕は上がった。 だが、両者動かない。睨み合いが続いている。野次馬たちは、いつ動くのかと固唾をのんで見守っている。 「動かないわね」 キュルケが小声で呟いた。 「……おそらく既に動いている」 タバサがさらに小さな声で言う。 その言葉の意味を理解できず首を傾げるキュルケ。 タバサだけが感じ取っていた。実践を積むことでしか身につかない感覚でもって。 ルイズはもう動いている。 ルイズが何をしているのかは解らない。だが、何かしているのは間違いない。 事態は既に動いている。決着へ向けて。 ギーシュは焦れていた。 先程交わした会話は、間違いなく決闘の開始を合図するものだった。 それなのにルイズが動かない。 端からルイズに先手を譲るつもりであった。 ルイズを派手に痛めつけるわけにはいかない以上、如何に実力差を見せ付けるかこそが肝要なのだ。そして勝負は格下から動くものだ。 だからルイズが杖を向けルーンを唱えようとしてからワルキューレを動かす。そしてルイズから杖を奪い、地面に押さえつける。痛めつけられない分、ルイズには土でも食わせてやろう。 だが、ルイズが動かない。 ならばそんな筋書きに拘らず、とっととワルキューレを動かしてしまおうか。 いや、それもできない。 野次馬たちは、今の状況を緊迫した睨み合いとでも思っているのかもしれないが、ギーシュはただ待たされているだけなのだ。動きようのない状況で待たされている。 ルイズは杖を向けるどころか杖を構えてもいない。それどころか、その手にはまだ何も握られていないのだ。 流石に杖を持ってもいない相手に攻撃を仕掛けることはできない。それでは卑怯者の謗りを受けかねない。 (早く杖を構えろ。それとも臆したか) そんなギーシュの思いとは裏腹に、ルイズは相変わらず杖を持とうとすらしない。 やはり臆したのか。 覚悟ができたなどとは口だけだったか。 (ん? ルイズの奴、何と言っていた? 『覚悟はできたか』と聞かれて、何と答えた? 『準備はできていてる』と答えなかったか?) ギーシュはふと先程のルイズの言葉を思い出す。 『準備』。闘う為の準備なら、まず杖を持たねば始まらないだろう。 魔法の使えぬルイズが肉弾戦を仕掛けてくる可能性も考えられる。そうだとしても、武器も持たず構えもせず、何の準備をしたというのだ? なんだか…… 足がむずむずしてきた。 「!?」 ギーシュの右脚に突然激痛が走る。 「な、なんだ!?」 突然そんなことを言い出したギーシュに、野次馬たちの注目が集まる。 ギーシュは杖をルイズに向け牽制したまま、己の脚へと注意をやる。 痛い。 痒い。痛い。 熱い。 「な、なんなんだ!?」 ついにギーシュは堪えきれず、ズボンを捲り上げる。 するとそこにはどくどくと流れる血で赤く染まった右脚があった。そしてその赤の中に点在する黒い点。 ギーシュは己の目を疑った。 そこにいたのは己の小指ほどもあろうかという巨大な蟻。 その蟻が2匹、3、いや4匹。ギーシュの右脚に食いついていた。 「うわあぁぁああああ!?」 ギーシュが叫ぶ。叫びながら己の脚をバシバシと叩く。 ギーシュの赤く染まった脚に気づいた野次馬たちも騒然となる。 「なんだこれ!? なんなんだこれぇ!?」 ギーシュは血で染まった己の脚、そして見たこともないような巨大な蟻に混乱していた。 蟻が全て潰されても、己の脚から目が離せない。答えるものなどいないのに「なんだなんだ」と問い続ける。 しかし混乱はいきなり現実に引き戻される。 突如爆発音がしたのだ。 爆発、即ちルイズ。 ギーシュは己がルイズのことをすっかり忘れて取り乱していたのだということに気づく。己の脚に向けていた視線を上げる。 ギーシュの視界にまず映ったのは、爆発四散するワルキューレ。 (ルイズにやられた? なら……) ギーシュは己の手を見る。その手には薔薇を模した杖が握られている。 杖が握られている。それを目で確認するまで己が杖を握ってるのかどうかすら判らなくなっていた。 (杖はある。ワルキューレを……) 作らなければ。 そんなギーシュの思考はすぐに潰える。 ギーシュの視界にルイズがあらわれたのだ。 ルイズは走っていた。ものすごい勢いでギーシュの元へ。 (ルイズの前にワルキューレを……) (立ち塞がなければ……) ギーシュは急いで杖を構える。 (間に合うのか!?) 間に合わない。 ルイズとギーシュが激突した。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔